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平成13年8月8日

        首相の靖国参拝の意味を探る(追補1)

 総理大臣の靖国神社参拝の件が、大きな政治問題に発展してきた。
 田中外相に至っては、総理の参拝が憲法第20条に抵触するというような、お粗末きわまりない認識を堂々と口にしている。
 これは全くナンセンスである。以下に説明しておきたい。

   ここで問題になっている第20条B項は、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」という文言になっている。これは同条@項の「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」を受けとめて、国側、宗教団体側の双方から念入りに一つのことを繰り返して禁じているものと解釈できる。

 この20条のもとになったのはアメリカ憲法修正第1条であることは疑いない。
 「修正」といっても、米国憲法はちょっと変わっていて、いわゆる基本的人権を規定した条項をまとめて修正第1条から第10条まで、本文と一体として制定している。一般に「権利章典」と呼ばれている条文である。
 その第1条は「連邦議会は宗教の制度化(establishment)に関わるいかなる立法もしてはならない」と定めている。これが、日本国憲法第20条の原義と見なされている。

 近代デモクラシーの基本は、議会が多数決で法律を制定することである。そう考えれば、1人の総理大臣の行動を縛るのが民主主義ではないということはすぐわかるはずだ。

 アメリカの場合、連邦憲法を議論していた当時、13植民地のうち半分ぐらいは事実上の「特定宗派」を決めていたらしい。それで連邦政府ができたあと、違う宗派を法律として押しつけてくることを警戒して、上のような規定を盛り込んだという見方もある。
 それくらい、国による法的な規制を作らせないよう、「議会による立法」を禁止するという点を明確に規定しているわけである。個人の宗教活動(信仰)も、同じく立法によって制限してはならないと規定されている。

 日本の事情がアメリカと同じでないのは当然だが、米国憲法における「立法への禁止」が、日本では「行政への禁止」にすり替わって解釈されているのは、どう見てもおかしい。そのことに外相も与党幹部も気がついていないらしいのもおかしい。(01/08/08)


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