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平成13年10月27日

        迷走する米国の対テロ戦争

 アメリカ政府は困り抜いているのではないかと思う。明らかに迷走し始めた。何がどうなっているのだろうか?
 便宜的に炭疽菌騒動と、アフガン作戦そのものの、2つのテーマに分けて分析してみよう。

 まず第1の問題だ。私は初めからブッシュ大統領のいう「ビンラディンの逮捕、裁判」は無理と見ている。理由は、もし逮捕したとしたら、世界中でこんどは本当の無差別テロがたくさん起きて、「ビンラディンを釈放せよ」という要求が、本物ニセ物いたずら取り混ぜて、あらゆるマスメディアに殺到して収拾つかないような混乱になる可能性が高いからである。
 このことを私は、空爆開始数日後の東海テレビ「報道原人」(13日朝)で解説し、「だから米国は空爆で吹っ飛ばして死体も物理的に見つからない」という結末を用意しているのだろう、と述べた。

 しかしアメリカ政府はどうもそうは考えていなかったのかもしれない。米国民特有の軍事的楽観主義や、ノリエガ将軍に対する成功例、また当初タリバン側が条件付きでビンラディンの引き渡しをオファーしたことなどから、米国首脳は自分たちの要求が実現可能だと思いこんだ可能性も高いと見る。

 しかし、それを吹き飛ばしたのが炭疽菌テロの拡がりである。

   この騒ぎは米政府が情報を極度にコントロールしているので、まだ誰にも真相が見えていないだろうし、だいたい事実関係がよく分からない。私としては「イラクとの関係あるなしが最も重要なポイント」だと考えるので、ダシュル上院院内総務が怒り狂って「兵器級の精度だ」と発表したときには、政府もとうとうイラクとの繋がりを掴んだのだな、と戦線拡大を予想した。

 イラクが関与しているという確証を掴んだら、米政府としてはもう戦争しかない。これはほかに選択肢がない確実な推論である。だからこそ、米政府は事実関係の把握と公表に苦慮しているにちがいない。
 今日現在のところでは、ダシュル議員宛の「兵器級」の菌と、それほどの精度ではない菌の2種類があると発表されている。そして、いずれも菌の出自はアメリカ国内(80年にアイオワ州で見つかった「エームズ株」)と公表されていて、イラクとの関係は否定されている。

 これですべてではないので何とも言えないが、イラクといま戦争すべきかどうか、またアフガニスタンとの2正面作戦をどうするかという目途が立たないと、菌の性質と出自を本当に明らかにはできないのではないかという段階である。

 それと同じぐらい重要なのは、ビンラディンを逮捕したあとに起きる事態が、すでに米国内で大々的に予行演習できたという事実である。それどころか彼の死が明らかになった場合でも同じだろうと考えると、さあ、何をどうすればいいのだろうか?

 すでにラムズフェルド国防長官が25日、「干し草の山から針1本探すようなものだ」と語ったのが示唆的で、ビンラディンの逮捕または殺害を少なくとも一時断念する可能性が高い。
 その代わりに、順序を逆にしてタリバン後の政権づくりを急ぐ。形だけでも国際的な承認を受けた暫定政権を発足させ、タリバン勢力を時間をかけて無力化していく。そうなれば山に籠もったビンラディンは野垂れ死にするか、脱出を試みるだろう。そこを襲って亡き者にすればいい。
 このシナリオのヒントはそう、チェ・ゲバラ。気がついたかな?

 タリバン側もその手に乗るものかと、暫定政権づくりを戦略的につぶそうとして、有力な反タリバンのパシュトゥン人指導者ハク元司令官を捕え、即日処刑したと発表した(26日)。

   さて第2の問題のアフガン作戦についてだが、軍事的に見るといちばんの注目点は、米軍がRMA(Revolution in Military Affairs)をどれだけ徹底して実施しているかということに尽きる。RMAというのは文字通り「軍事全般に生じている革命」ということで、従来の軍隊の組織も作戦も戦闘方法もすべて革命的に変わりつつあるという先進国共通の認識である。

 具体的には湾岸戦争で実験された多くの新兵器、なかでも精密誘導兵器がそのハシリだったが、98年のコソボ戦争で今回のアフガン作戦のモデルが全部お披露目されたといわれている。
 兵器だけでなく、戦闘の思想そのものが革命的で、ハイテクの粋を大々的に採用することによって味方の損害を最小限にしようというものだ。実際、コソボでは米軍の戦死者はゼロを記録した(事故死2名)。かつて兵隊のいのちは1銭5厘といったどこかの国で、今こういう軍隊を想像できるだろうか?

 味方が死なないように戦うには、敵に対する攻撃はより熾烈にならざるを得ない。そこでクラスター爆弾のように非人道的な兵器が生み出されることにもなる。またバンカーバスター爆弾のように、地下深くまで正確に爆撃できれば、特殊部隊員が潜り込んで爆薬を仕掛けてくるというような、危険な任務をしなくても済むようになる。
 万一被弾して、乗員が敵地に降下した場合は、すぐGPSで位置を知ったレスキュー・ヘリが飛んできて、銃弾の雨の中でも平気で降りてきて助け出してくれる。これもコソボで実験、成功した事例だ。アフガン空爆直前にウズベキスタンに到着した「山岳師団」が、この任務についているといわれる。

 日本のマスコミが期待した「地上戦突入」という瞬間は、初めからなかったのである。それに近い地上戦は北部同盟にやらせるというのが正しいだろう。アメリカはもはや「ローテク戦争」はやらないのだ。
 空爆の直前に発表された「国防見直し」には、「軍事行動の抜本的な変更」が明記されている。また、日本の「防衛白書」13年度版には、「軍事における革命(RMA)への対応の研究」と題し、「技術革新により戦闘様相に革命的な変化が生じつつある」という認識が初めて示された。

 米国では過去10年間、一般の民生、産業におけるIT革命を軍事に取り込んで、さらに高度な情報技術革命を目指していたのである。いまアフガン作戦の全容がなかなか見えてこないのは、政府が迷走していることもあるが、同時に従来の戦争と全く違った戦闘が行われているからでもある。対テロだから「新しい戦争」だというのは一種のカモフラージュであり、その下にかつてのNASA/アポロ計画のような半世紀に1度の大ジャンプが隠されているのである。(01/10/27)


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