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平成14年8月30日

       イラクよりもサウジが問題?

 同時テロ1周年を前に、米国内でサウジアラビアに対する不満が募ってきた。これは注目に値する。

 当欄ではテロ直後の9月26日付「アメリカ伝統の秘密戦争」で、アフガンの次はイラク、そしてその次はサウジを「平定」するだろうと指摘した。そのときは少し書きすぎかと思ったが、予想よりも早くサウジとの摩擦が表面に現れてきたことになる。

 考えてみれば当然ともいえよう。テロ実行犯19人のうち、15人までがサウジ国籍であり、「首謀者」と断定されているビンラーディンもサウジ人、そのバックにいることが確実なサウジの聖職者グループにはサウジ政府の要人が含まれているという。
 そういう事実に目をつぶって、代わりにアフガニスタンの大部分を支配していたタリバン政権を、超近代兵器で木っ端みじんにしてしまったのである。

 この対アフガン戦争(第2次湾岸戦争)に、サウジは自国の米軍基地を使わせなかった。そして次なるイラク攻撃計画にも同じ態度を貫いている。そのため、米軍はサウジ内の基地使用を諦め、重要な機能を大急ぎでカタールに移転中と伝えられている。これが完了したときが攻撃開始の一つの目安になる。

 8月6日付のワシントン・ポスト紙は、有名シンクタンクのランド研究所が国防総省で開かれた政策諮問会議の席上、サウジを「中東における米国の最も危険な敵」と位置づけたと報じた。
 すっぱ抜かれた米政府は大慌てで、国務長官や国防長官が「ブッシュ政権の考え方ではない」と釈明する騒ぎになった。

 また同15日には同時テロの犠牲者遺族がサウジ王族などを相手取って、約1兆ドルの損害賠償訴訟を起こし、その影響でサウジ資金の米国からの流出が始まったと報道されている。

 たしかに、アルカイダ関連と判断された資金はサウジの投資を含めて凍結されており、訴訟の進展によっては被告側個人の対米投資が差し押さえられる可能性が出てくる。最大6千億ドルとみられる対米個人投資の何分の一かが逃避し始めたとしても不思議はない。
 しかし問題は投資だけにとどまらず、サウジという国家の行末が、対米関係の悪化とともに懸念され始めたことである。

 いわゆるタカ派とされるチェイニー副大統領などにとって、イラクとサウジに対するスタンスが論理的に同一になることは当然だ。サウジが強硬にイラク攻撃に反対すれば、同じ穴のムジナだという認識になる。
 また、イラク平定に成功した後、米国が策定した民主化を推し進めることになるが、それがうまくいけばいくほど、今度はサウジの支配体制の古さに国民の目が向くことになる。だから結果として、イラク攻撃とサウジへの圧力は重なっていく。

 「文明の衝突」論を避けたいブッシュ政権は、「対イスラム」の正戦でなく、いいイスラムと悪いイスラムに分けて、悪いイスラムに対していいイスラムとともに戦う正戦だと言い続けている。
 さて、サウジアラビアはどっちなのだろうか?

   二分法をとると、味方でないものは敵だというしかない。

   それだけでなく、タリバンを生みだした過激なデオバンド派と、サウジの国教であるワッハーブ派は兄弟のような関係にあり、だからこそサウジはビンラーディンを始めとする人員と巨額の資金をタリバンに供給したわけである。
 ビンラーディンとその部下のほとんどが未だに逃げおおせているのは、見えている戦争(戦闘)の裏に、こういう見えざる戦争(政争)があるからだろう。

 そこで問題は、イラクのフセイン政権を壊滅させたあと、ブッシュ政権はどんなシナリオで民主化を達成しようとするかである。そのめどが立たないと攻撃を開始できない。
 有力な手がかりはアフガン暫定政権の作り方だ。高齢の元国王をうまく使ってロヤジルガ(国民大会議)を招集させ、彼の側近である非軍閥のカルザイ氏を事実上の首相に仕立て上げた。2年後に国王が健在であれば立憲君主制が採用される余地を残している。

 イラクでも同様に、旧イラク王家と現ヨルダン王家の血を引く二人の王族が、すでに反体制側の会合に出席して活動を始めている。この動きに米国と英国がからんでいることは疑いない。
 アフガンの旧王族と違って、この王族たちはイスラムの開祖ムハンマドの血を引くハーシム王家の一族だというところが注目され、さらにサウジの将来に関連しているところがミソである。

 すなわち、ハーシム家は7世紀以来、聖地メッカの守護職だったのが、第1次大戦前後に勃興したサウド家によって追い出されてしまい(1924年)、英国に拾われてアブドラとファイサルの兄弟がヨルダン王とイラク王に就けられたという歴史を持っている。ヨルダンの国名は「ヨルダン・ハーシム王国」であり、「サウド家のアラビア」(Saudi Arabia)は彼らから見れば簒奪者の僭称に外ならない。

 したがって、イラクがハーシム王家を復興する理論的根拠は十分にあり、そうなった場合はヨルダンと姉妹国ということになり、イスラム(いいイスラム)の勢力が増大してサウジに改革を迫ることになる。ハーシム王家としては当然、ついこの間まで歴史的所領だった聖地メッカを取り戻すという大義名分を掲げるだろう。さあ、また大乱か?

 しかし中東・アフリカの地図を見れば、直線で描かれた国境がいつまでもそのままではないだろうなと思わせてくれる。単独覇権のアメリカが意図せずして自然な国境に戻す役割を果たすのかもしれない。

 ムハンマドの末裔であるハーシム王家が「いいイスラム」としてイラクとヨルダンに君臨するというシナリオは、もう一つのよい効果をもたらすだろう。それはパレスチナ問題の解決がより現実味を帯びるということである。ヨルダンの人口の半数はいわゆるパレスチナ人だが、もうすでに半世紀ヨルダン王の下で国民意識を持つに至っている。アラファト後のパレスチナ人勢力が、ヨルダン、イラクの両ハーシム王国と事実上つながっていく(人も、地理も)。それだけでイスラエルに対するイスラムの圧力は、著しく軽減されることになろう。

   アメリカがイラクを単独でも攻撃し、フセイン政権を打倒するには、皮肉なことにムハンマドの威光を借りるのがいちばん効果的だと思われる。冗談でなしに、、。(02/08/30)


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