top.gif
title.jpg

平成15年7月29日

       ブッシュJr.のパーフェクト・ストームは?

 12年前の1991年10月末、大西洋上に強力なハリケーンが発生した。これはアルファベット順の原則に従って「 Grace 」と優雅な名を付けられた。このハリケーン・グレースも稀にみる巨大ハリケーンだったが、それにすぐお供が2人ついてきた。すなわち2つの大嵐がグレースに合体して、半世紀に一度とか100年に一回といわれるほどの完璧なハリケーンが誕生したのである。

 このとき遭難した漁船の実話を元に、ジョージ・クルーニー主演の映画「パーフェクト・ストーム」が作られたぐらいだから、いかにすさまじい嵐だったかが想像できる(ビデオだと格段に迫力が下がるが、、)。記録では最大風速95マイルといい、ニューヨーク州ロングアイランド沖でも風速70マイル、波の高さ80フィートを観測したという。「10階建てのビルぐらいの高波」という表現は誇張ではなかった。ノバスコシア(カナダ)沖では101フィートの波を記録しているそうだ。

 米国政府はマサチュセッツ州で7郡、メーン州で5郡、ニューハンプシャー州で1郡を「激甚災害地」に指定した。メーン州の高級別荘地ケネバンクポートにあるブッシュ家の別荘も、このとき大きな被害を受けた。

 話はここから始まる。数日後、自分の別荘を見に訪れたパパ・ブッシュ大統領は、あまりの破壊のすさまじさに呆然となった。そこをすかさずニュース・カメラが捉えたのである。
 メディアは一斉に「別荘の被害に呆然とするぐらいなら、その前にアメリカ経済の惨状に呆然とするべきだ」と攻撃し始めたのだ。

 このあと、ブッシュ大統領の支持率は急降下を始めた。この年、ブッシュは湾岸戦争で完璧な勝利を収め、直後の世論調査では90%近い支持率を獲得している。翌年秋の再選を疑うものなど1人もいない状況だった。いや、その再選を密かに狙って、イラクに戦争を仕掛けたのだという憶測さえ(今でも)囁かれているくらいだ。

 ところが、それほどパーフェクトな再選戦略が突然、失速し始めた。パーフェクト・ストームはきっかけにすぎない。何がメディアを変えたのか? それがポイントである。

 実に皮肉なことだが、ハリケーン・グレースがパーフェクト・ストームに成長して猛威を振るっていたちょうどそのとき、スペインで中東和平「マドリード会議」(10/30-11/1)が開かれていたのである。ブッシュ大統領とゴルバチョフ・ソ連大統領の共催という形で、すべての中東紛争関係者(国)が一堂に会して和平を講じるという会議だった。
 この会議の面白さはいろいろあるが、要は会議の趣旨、目的がイスラエルに占領地を返還させる圧力の形成にあったことだ。これを「領土と和平の交換」と呼んでいる。湾岸戦争の勝利のために米国はアラブを分断し、「戦後にパレスチナ問題でイスラエルに圧力をかける」と約束して、エジプトやシリアの協力を取り付けた。そのツケを払うことがマドリード会議の真の目的だった。

 アメリカの主要メディアがそれを知らないはずはない。元々イスラエルに対する圧力には敏感に反応する。政府がイスラエルに圧力をかける「フリをする」までは黙認するが、本気になったと見ると俄然、戦闘態勢に入る。「彼ら」はマドリード会議にブッシュ大統領の本気を嗅ぎつけた。帰国して別荘の被害を見に行ったブッシュ大統領の言動は、絶好の攻撃材料を提供してしまったのだ。

 この時期、民主党はまだ諦めムードだった。秋が深くなっても民主党陣営の大統領候補はほとんど無名のままで、まとめて「6人のこびと」と呼ばれていた。クリントンもその1人にすぎなかった。後に当選したクリントンが、「歴代で最もイスラエル寄りの大統領」といわれたことを指摘しておこう。

 さて、今年のブッシュ・サン(son)に、パーフェクト・ストームが見舞うだろうか? 「景気が悪くなると人気が下がり、再選が危うくなる」というのはシロウトの論理である。それなら小泉さんはどうなんだ、と考えれば明らかだろう。「経済の悪化をどうメディアが報道するか、そのきっかけは何か」と考えるのが歴史の教訓である。

 実は、もうブッシュJr.大統領には黄信号が灯り始めた。世論調査の支持率は急落して50%台半ばまで下がった。イラク戦勝利後の77%、その前の9・11同時テロ後の最高92%と比較すると、追い風ももはやこれまでということがよく分かる。パパ・ブッシュのハリケーンに匹敵する一撃がくれば、ひとたまりもないのではないか。(数字はABC/Newsweek)

   そういう状況下で、ジュニアも中東和平「ロードマップ」を推進し始めた。それも、マドリード会議にもその後のオスロ合意(93年)にもなかった「パレスチナ国家」を明記した新和平プロセスを、対立する両サイドに呑ませたものだ。その国家樹立の前に、まずイスラエルは不法な入植をやめるだけでなく、すでに自国民が入植済みの占領地を明け渡す必要がある。当然に抵抗する住民と、米政府の圧力とのあいだで板挟みとなるシャロン政権は、どういう戦術を思いつくだろうか。
 イスラエルでは、シャロンもアラファトも、ブッシュ・サンも全部退いたあとでないと、ロードマップは具体化しないのではないかという悲観論も出ている。イスラエルからの何らかのシグナルが米国メディアを走らせる。そのきっかけは何だろうか。

 民主党の大統領候補は、いまのところまだ「9人のこびと」にとどまっている。この中から、第2のクリントンが頭角を現す可能性は否定できない。ブッシュ家の政治家はみな選挙に強くない。正統WASPの「潔さ」が災いするのかもしれない。名門を倒すのは雑草と相場は決まっている。パパもそうだった。ジュニアもか? それはまだ早いとしても、雑草に目を配っておいた方がいいのは確かだ。まさか、10人目のミセス・クリ、、、?(03/07/29)


コラム一覧に戻る