top.gif
title.jpg

平成15年9月30日

         誰が遺棄したのか「遺棄化学兵器」

 不思議な表現がのさばって「常識」化したあげく、非常識な裁判官が被害者とやらに初めて全面勝訴の栄誉を与えてしまった。
 いわゆる旧日本軍遺棄化学兵器の被害訴訟のことである。

 この用語のおかしさに気がついているひともいるが、一般には当たり前のことと受け取られているようだ。戦争に負けた後、大陸の日本軍が化学兵器類を大量に「遺棄」し、それがじわじわと中国国民に被害を与え続けているというイメージである。

 初めからおかしいのは、誰がそれを埋めたのかという問題だ。日本は連合国側の降伏条件であるポツダム宣言を受け入れ、直ちに大本営は全ての日本軍に対し、「無条件降伏」と「全面的武装解除」を命令した。国としての無条件降伏ではないことに注意しよう。
 降伏の相手方も地域別に決められており、「満州、北緯38度以北の朝鮮、樺太及び千島諸島」ではソ連極東軍最高司令官、その他の大陸と台湾では蒋介石総統、となっていた。

 したがって、この問題が多く報道されている旧満州では、当時の日本軍の装備はすべて交戦相手のソ連軍に渡されたことになる。ソ連軍が化学兵器だけ受け取らなかったということは考えられない。飾りだけの軍刀や短剣まで根こそぎ没収したのだから、、。

 この問題を取り上げた今月の朝日新聞に、こういう注目すべき記事があった。「中国に遺棄された推定70万発のうち、すでに回収されたのは約3万6千発。(中略)まだ回収されていない毒ガス弾などの大半は、戦後、中国側が吉林省敦化市のハルバ嶺地区に埋めたとみられる。」(9/13夕刊、栗原健太郎署名)

 さあ、驚くではないか! 記者は「大半」が中国側(もちろん軍)の手で埋められたことを認めているのである。それなのにこの記事の小見出しには「旧日本軍、中国に遺棄」とあって、全体のトーンは日本軍が遺棄したという「常識」通りの記述になっている。
 日本の負けっぷりのよさは徹底していて、マッカーサーが虚勢を張って厚木に降り立ったときから、進駐軍に対して一発の弾丸も発射されることはなかった。この経験が現代のアメリカをミスリードさせ、イラク戦争の勝利後を甘く見てしまったと皮肉る人もいる。
 だから、当時、満州の日本軍化学部隊だけが大本営に背いて化学弾を隠匿したり、中国民間人に渡すというようなことはなかったに違いない。
 すべてがソ連軍に没収されていたと見て間違いない。

 ことの推移はかなりはっきりしているのだ。ソ連軍はサンプルとして少数を持ち帰ったかもしれないが、使用が難しい化学兵器のほとんどを現地に遺棄し、残りの兵器をすべて貨車に積んで引き揚げたのだろう。民間人または毛沢東軍に場所だけ教えたということはあるかもしれない。危険だと分かって埋めたのは当時の中国満州住民だったかもしれない。

 それだけでなく、実際に中国側(軍)が埋めるまでには2年ほどのタイムラグがあったという説もある。つまり、ソ連軍がもてあました化学兵器を毛沢東軍が譲り受け、蒋介石軍との内戦に使おうとしたのではないかという疑いだ。結局使わなかったと思われるが、埋めるまでは実質的に現北京政府の軍隊の正式装備だった可能性も否定できない。

 こういうことであるなら、日本はポツダム宣言や降伏文書にあるとおりの対応をしたのであって、降伏相手方の非行の責任を引き受ける必要はない。それなのに日本は戦後も戦後、なんと95年になって「化学兵器禁止条約」を批准し、日本の「遺棄」を国際的に認めてしまったのである。ちょうど、いわゆる「従軍慰安婦」問題で中国政府側から責め立てられている時期だった(江沢民主席の訪日は3年後)。

 つまり時期的に見ると、90年代の初めから江沢民政権は、対日賠償請求は国家としては放棄したが、個人の請求権は放棄していないという国内向けキャンペーンを強めだした。95年には銭基シン副首相兼外相が、台湾省代表(という肩書きの人)に対して、「個人の補償請求に国家は干渉すべきでない」と日本相手の訴訟をそそのかす発言までしているのだ。

 日本政府はどういうわけか、北京政府の国内向けキャンペーンに協賛するような政策を国際的に実行したことになる。だいたい、法律はさかのぼって適用されることはないという大原則がある。化学兵器禁止条約が、半世紀前に日本やドイツが製造したことを罪とみなし、重い責任を負わせているのはおかしい。さらに根本的には、「遺棄」を日本国民の意識に負い目として刷り込んでしまったことのほうが問題といえるだろう。

 これは自虐外交の典型というべきではないだろうか。中国側は約3倍の2百万発が「遺棄」されたと主張しており、その処理には今後数十年、費用は1兆円を超えるともいわれている。それをすべて日本の責任で負担するのだ。費用の点も隠れた賠償として問題があるが、今後数十年にわたって中国側が日本を非難し続ける材料を手中にしたということの意味を考えてみるべきではないか。自称「強制連行」された「従軍慰安婦」はもう高齢だ。この世代がいなくなったあと、まだ数十年ものあいだ、中国は日本非難を続けることが可能になった。口実を与えたのは、ほかならぬ我が国の政治家と外交官である。(03/09/30)


コラム一覧に戻る