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平成16年1月31日

      学歴より軍歴のアメリカ大統領選挙

日本では「学歴」がいつでもどこでも問題になるが、アメリカの大統領選挙では「軍歴」が問題になる。今たけなわの民主党指名争いでは、候補者自身の軍歴と、「イラク戦争に賛成か反対か」という二つの異なった基準が絡まってややこしくなっている。

 軍歴のあるのはケリー上院議員とクラーク元欧州連合軍最高司令官の2人だけで、ケリー氏の方が意外に(失礼!)アイオワ、ニューハンプシャーを連勝して先頭に躍り出た形だ。予備選突入までメディアで先行し続けていたディーン候補は3位、2位と失速してしまった。

 ケリー氏の勝因と、ディーン氏の敗因は同じである。ケリー氏はベトナム戦争で勲章を受けた英雄というイメージをまず売っておいて、愛国者だという資格をクリア。そして退役後はベトナム戦争反対に回ったことを誇り、イラク戦争には賛成投票をしたが情報機関のミスリードによるもので間違いだった、と主張している。軍や従軍中の兵士をかばう論法で間接的に大統領を攻撃し、同時に他の民主党候補とも違う立場を際だたせたわけで、なかなか巧妙な戦術といえる。

 一方、ディーン氏は学生時代に、背骨の痛みを理由にベトナム徴兵を逃れながら、直後にはモーグル(あのでこぼこスキー)を楽しんでいたと非難された。選挙キャンペーンも「イラク戦争反対」一本ヤリでここまできたので、これでは論理的にも倫理的にもケリー氏に負けるのは当然と言えるだろう。

 もちろん、それだけが勝ち負けを決めるというような単純なものではないが、基本中の基本がどこにあるかという話である。ケリー候補なら最終的に現職ブッシュ大統領に勝てるのでは、という民主党支持者の判断の基本がここにあるのだ。

 民主党候補8人のうち、イラク戦争に支持を与えた議員があと3人いる。その1人であるゲッパート下院議員は知名度と政治歴でダントツなのに、緒戦のアイオワで惨敗して政界引退にまで追い込まれた。もう1人のリーバーマン上院議員(前回の副大統領候補)もニューハンプシャーで低迷し、撤退寸前となっている。
 
 まだ本当の評価を受けていないクラーク候補は、ついうっかり「ケリーは中尉じゃないか、私は大将だ」と口走ってしまった。たしかに大将と中尉では月とスッポンぐらいの差がある(もっとかな)。
 しかし、こういう失言が命取りになることが多い。むかし「兵隊の位でいえば?」と分かりやすいたとえを要求した画家がいたが、大将が中尉より大統領にふさわしいと考える米国民はいない。逆に危険な優越感をを感じ取った有権者のほうが多いだろう。

 職業軍人がそのまま大統領になったのは、第2次大戦以後はアイゼンハワーしかいない。彼の場合は人間として魅力があり、国民に好かれていたのが勝因だった。その逆の例がマッカーサーで、陸士トップ卒業でトップ昇進という輝かしい経歴が、大統領選出馬を表明したとたんに裏目に出て、エリート臭プンプンの俗物として国民から背を向けられてしまった。

 ちなみに挑戦を受けるブッシュ大統領は、父親の差し金で州軍の航空隊を志願し、うまいことベトナム行きを回避したといわれる。副大統領のチェイニーは学業のため兵役免除を受けた。ケリー候補がこの点で優位に立てるのは確かだろう。

 パパ・ブッシュはパパ・ケネディーの故事に学んだのかも知れない。息子を大統領にしたければ、軍歴を作っておく必要がある。しかし、戦死してしまっては元も子もない。ケネディー家の長男ジョセフは空軍、次男ジョンは海軍に入隊し、まずジョンが魚雷艇の艇長としてヒーローになった。日本駆逐艦の体当たりに会い、漂流中に部下を助けたリーダーシップが大いに賞賛されたが、これはパパがマスコミに工作して大げさに書かせたものだといわれる。
 それで焦った長兄ジョセフは、欧州戦線でドイツ軍への無謀な爆撃に志願し、そのまま行方不明。文字通り、帰らぬ人となった。

 J・F・ケネディーが後に大統領に当選した背景には、ジョン本人の英雄イメージと、その陰にある長兄ジョセフの戦死という非の打ち所のない愛国心の証明があった。

 こういう歴史に照らしてみると、ディーン候補はあまりにも単純で不用意だったと言えるだろう。現実にアフガニスタンでもイラクでも米軍兵士の犠牲が続いているときに、国民の大多数は大統領のリーダーシップを信じる「べき」だと思っている。信頼「したい」のである。
 反戦ムードを煽りながら支持を拡大できると考えたのは、基本的に間違いだった。それに気がついて選挙参謀を更迭したようだが、既に遅かったのではないだろうか。当面はケリー候補がどこまで快調に飛ばすか、こける落とし穴はいつ、どのようにあらわれるか。それが注目点である。(04/01/31)



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