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平成16年2月23日

        根付かせたい米国民の「サムライ」評価

アカデミー賞の助演男優賞と外国語映画賞に同時ノミネートされた2作の「サムライ」映画。「ラスト サムライ」と「トワイライト サムライ」(たそがれ清兵衛)が同時受賞となるか、どちらか一方か。これほどアカデミー賞が日本で注目される年もなかったと思う。

 映画ファンとしてはこたえられない楽しみが募ってくるというものだ。でも「なぜサムライ物が2作も同時に?」という疑問を抱き続けているファンも多いことだろう。
 
 その答えを、失礼ながら映画関係者ではない、私と同じ専門の五百旗頭真(いおきべ・まこと)神戸大教授が明らかにしてくれている。ご当人は気がついていないところがミソだが、、。

 同氏が有斐閣の小雑誌「書斎の窓」(03年12月号)に寄稿したハーバード再訪記によると、母校ハーバード大でここ数年、日本関係の講義がもっとも人気の高い科目になっているのだそうだ。02年春学期にはボライソ教授の「サムライの形成」という授業が、学内で最大の受講者400余名を集めた。ボ教授は「譜代大名」という著書でも注目されている。

 それに次ぐ人気科目が、若手のボツマン教授の「幕末史」の講義だったという。

 またベスター教授は「東京文化」や「寿司のグローバリゼーション」を講義し、「大相撲」で博士論文を書いた若い研究者の公開研究会が大いに盛り上がった。

 文化だけでなく、有名なケネディ行政大学院では春学期と秋学期に、川島元外務次官とボーゲル教授の共同セミナー「戦後日本外交の政策決定」が開かれ、また頻繁に日本からやってくる著名政治家を招いてスピーチやセミナーが開かれている。

 つまり、五百旗頭教授によれば、「ハーバード大学に関する限り、『日本から中国へ』ではなく、『日本も中国も』である、と言わねばなるまい」。

 日本経済が低迷して十数年、世界の檜舞台から日本がしりぞき中国が躍り出てきた。アメリカは「ジャパン・バッシング」(日本叩き)から「ジャパン・パッシング」(日本無視)に変わったと言われて久しい。アメリカの大学でも、日本語より中国語を学ぶ学生がはるかに多くなったといわれる。

 しかし、どっこい、世界の大学最高峰では、日本が、そしてサムライが、再評価されていたのである。それもブームを呼ぶほどの勢いで、、。

 日本が脅威でなくなったことが確認されるまで、10年ほどの時間が必要だったということだろうか。そして脅威が薄れるのと反比例する形で、日本の独自文化に対する関心が正当に高まってきたということになるのだろうか。

 「ラスト サムライ」の監督エドワード・ズウィックは、ハーバード出身で(チャンと卒業)、在学中、ライシャワー博士の教えを受けている。そのときから武士道に興味を持ったという。だから、原案は別にあったとしてもほとんどオリジナルに脚本を書き、プロデューサーも兼ねて、本当にこの映画に入れ込んだようだ。
 その情熱は突出したものではなく、ハーバードの現大学生に象徴的に現れているように、ソニーやトヨタを超えて日本の精神風土にまである種のあこがれが拡がってきたと見たからこそ、巨費を調達しハリウッド大作に仕立て上げることができたのだ。

 この点が、悪評ふんぷんの娯楽大作「パールハーバー」と大いに違うところだ。しかし、残念ながら「ラスト サムライ」は作品賞、監督賞では候補にも入れなかった。日本再評価がまだアメリカの大衆レベルにまで広がっていないと見るべきなのか。それとも今年の賞取りレースに強敵が多すぎたということなのだろうか。

 その点を見極める手がかりが、「トワイライト サムライ」の評価がどう出るかであろう。2作とも幕末から明治にかけての「滅びゆくサムライ族」を描いているところが共通している。実は、日本の「近代化」の成功をどう分析するかという学問的関心と、滅びゆくサムライ(精神も亡びたのかどうか)への挽歌は重なっている。

 「たそがれどの」とバカにされる下級武士の生活はあまりにも貧しい。渡辺謙の「参議」領主とは比べ物にならない。しかし、精神は全く同じ。なぜ、そんなことがあり得るのか?

 ハリウッドの映画人たちが、どちらの視点でこの2作を見るか興味深いところだ。日本でも「武士道」本が飛ぶように売れているという。貧すれば鈍す、ではなく、成熟した先進国経済に慣れてきて、ようやく内面を振り返る余裕が出てきたのかと思える現象だ。ハリウッドに感謝!

 ところで、トム・クルーズも「武士道」を繰り返し読んだそうだが、主演賞狙いが全くはずれて候補にも入らなかった。助演に食われたというわけでもないだろう。
 真相は不明だが、映画のラストで、米陸軍の正装で明治天皇の前に膝まづき、「裏切り者と思し召したら死をお命じ下さい」というシーンがまずかった、という話もある。

 たしかに、米軍人が他国の君主に忠誠を誓ったらおかしい。あれは、なくもがなのセリフだったと思われる。悪いことにイラク戦争の余波がまだ収まらない。その上、大統領や対立候補の軍歴が大きな政治問題になっている折りも折りだ。

 でも、アメリカ人が英国女王から準爵士(ナイト)を授けられることがよくある。最近ではビル・ゲイツも。
 あれは忠誠を誓うのではなかったかな。米軍人には授爵はないのかもしれない。スコットランド人のショーン・コネリーはイングランド王への忠誠を嫌って長いこと辞退し続けていたが、数年前、根負けして受爵した。だから、今は「サー・ショーン」だ(外国人の場合は「サー」とつけない習慣)。
 
 それはともかく、サムライ2作品に好演した真田広之と、それぞれに助演した宮沢りえ、小雪の次回ハリウッド作品をぜひ期待したいところだ。それに、斬られ名優・福本清三もお忘れなく!(04/02/23)


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