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平成16年5月24日

         カネマル見習った小泉首相の狙い

 小泉首相の再訪朝は、外交交渉という視点から見ると呆れるほどの失態だ。いわゆる専門家、ウォッチャーのほとんどが同じ視点から、同じ判断に至るのは無理ないことである。

 少し違った視点から及第点をつけるのは、主として与党の政治家と、北朝鮮寄りの立場に立つ識者である。この視点とは、日朝関係を正常化させるプロセスとしての「平壌宣言」を、相互に確認したことをもって、成功だったと判断しているようだ。

 前者の外交失敗説は帰国後の詳しいビデオを見ると、あれもひどい、これもひどいとどんどん証拠が出てきて、こんな外交を日本の首相がやったのかと世界的な笑いものになるのでは、と懸念される。それほどひどいものである。

 まず出迎えが前回のナンバー2よりずっと下の局長クラスだったという侮辱は、それ自体よりも、事前の事務当局の打ち合わせで誰が出迎えるかを詰めておかなかったことがミスだった。
 次に、会議場で、首相が北側の執拗な指示に従わされ、所定の地点に立ってホスト国の首脳を迎え、握手の手を差し出すという場面が映し出された。

 会談終了後はもっとひどい。またも立つ場所を指示され、握手して去っていくホストを直立不動で見送る場面が19秒の長さに及んだ。「また会いましょう」と言って去っていったのは金正日のほうだった。

 午後に予定されていた2回目の会談をキャンセルされて全く異議を唱えなかったことも理解しがたい。ジェンキンズ氏を自分で説得するようにというホストの「指示」にやすやすと乗ってしまい、ずっと重要なはずの2回目の会談をやめてしまったのは、お粗末の極みというしかない。

 説得は山崎副長官に任せ、総理は金ホストとの会談に全力を傾けるべきだった。どの部屋も盗聴されているのだから、ジェンキンズ父子が本音を語るはずはないのである。

 それなのに小泉さんは、午前中のたった1回の会談中に、人道援助と称して25万トンの食糧援助と1千万ドル相当の医薬品の提供を約束している。なぜそんなことを数字まで詳細に言わねばならなかったのか?
 もちろん、事前の折衝でそれが再訪朝受け入れの絶対条件だったことは明らかだ。

 これで会談全体の流れが、一昨年の訪朝の時と性格の違う訪問だったということがわかる。

 ずばり言ってしまえば、こんどの再訪朝は仕組まれた「朝貢」だった。

 北朝鮮の策略はみごとというしかない。外国の使節が貢ぎ物を持ってうやうやしく訪れる。金正日皇帝はずっと格上だから、あくまでも慈愛に満ちて礼を受けるという形式をとる。莫大な貢ぎ物のお返しとして、相手が望むものをなるべく高価に見せて下しおかれる。それを国内の人民にテレビで見せつける。

 こんどの訪問は、小泉さん自身のイニシアチブによるものだと、当初から言われていた。外務省は引きずられたということになっている。前回は、田中均局長の個人プレーに乗せられたと批判された。今回は、言い訳がきかない。

 不思議なことがある。先月の22日に北朝鮮の竜川駅で、歴史に残るほどの大爆発事件があったばかりだ。犠牲者は学童中心に百数十人、負傷者は数千人に達すると見られている。
 それなのに、首脳会談で双方が全く触れていないのである。日本政府は事件の2日後に10万ドル相当の医薬品提供を申し入れている。これはその後に米国が提供を決めたのと同額である。

 普通だったら、首脳会談でまず金正日ホストが医薬品のお礼を言い、小泉首相が改めてお見舞いの言葉を述べるはずだ。しかし、そういう報道は全くない。おそらく事前の折衝で、触れてくれるなとクギをさされているのだろう。

 こんどの会談では合意文書を作成していないが、北朝鮮のほうは官製報道である「朝鮮中央放送」と「平壌放送」が、日本政府の発表にはない、とんでもない約束を公表している。(毎日新聞23日朝刊に全文)

 「小泉総理は、これまで共和国との関係において好ましくないことがあったことに対して遺憾の意を表し、、」として、日本側が一方的に何かを謝罪したことになっている。
 そしてさらに、「彼は、日本は今後、反共和国『制裁法』の発動を中止し、、」と条件なしで断定した上、「在日朝鮮人らを差別せず、友好的に接することと、(コメ25万トンなど中略)確言した」となっている。

 つまり、日本側の報道にはない在日朝鮮人に対する広範な優遇措置を、総理が約束したことになっているのである。
 これは、朝鮮総連をはじめ、北朝鮮関係者への歴史的な甘い国内措置が、全面的に見直されていることに対する抗議であるが、「友好的に接する」という言い回しに重要な意味が隠されいる。

 具体的には、総連施設への課税強化や、万景峰号を利用しての抜け道ルートを塞ぐという当然の措置に対して、「総理がもうやめる」と約束したではないかと言えることになる。
 それだけでなく、「友好」は、中国や北朝鮮にとって「われわれが愉快でないことを言うな、するな、もちだすな」という独特の外交用語である。それが分かっていないと、この友好という二字を字づら通り軽く見て、受け入れてしまうことになる。

 総理の再訪問を成功と見る人々は、以上に分析したことをすべて無視ないし軽視し、金独裁者に平壌宣言の遵守を確認させたことが何より重要な1歩だとする。

 果たしてそういう判断でいいのだろうか。国としての尊厳を損なってまで、北朝鮮と国交正常化する必要があるのだろうか。日本を必要としているのは向こうであって、こちらではないはずだ。
 小泉首相は、過去に日本を売るような行動を繰り返した自民党や社会党の有力政治家と、いつのまにか同じ思考になり、同じ行動をとるようになってきたのではないだろうか。

 14年も前、自民・社会両党の金丸訪朝団が紅粉船長の釈放と引き替えに、「戦後45年間の謝罪と償い」を認め、以後、百万トンを超える巨額の援助が行われた。あのとんでもない金丸訪朝団と、小泉再訪朝は不思議なほど似通っているではないか。

 「自民党をブチ壊す!」と叫んだ小泉さんが、いつの間にか自民党を従えて長期政権を狙うようになった。そのためには金丸以上に北朝鮮に朝貢するのか?
 それなら対中国外交もまた土下座に戻るのか? 米国に対してはどうなるか?

 金正日のほうから見れば、国内的には大爆発事件の失点をこれで完全に挽回し、さらに対外的に「朝日関係改善の進展の可否は日本の同盟国がいかなる態度と立場をとるかに多くかかっている」(上記放送)として、米国に対しても立場を強めることができた。大成功である。

 もしブッシュ大統領が盟友コイズミに対して疑念を抱くときが来るとしたら、日本国民の被る被害は北朝鮮の列車爆発どころの規模ではなくなるだろう。(04/05/24)




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