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平成16年6月6日

         日本人の盲点・ジェンキンス氏問題

 一昨年の小泉訪朝のあとに書いたコラム「リストの一部は対米メッセージと判明」(02/10/05)の続きになる。

 だいぶ間があいたが、最近のジェンキンス氏問題に対する日本の議論は、根本的な誤解をそのままにしていることに起因すると思われるので、パート2を書くことにした。

 日本の、あるいは日本人一般の誤解とは、ジェンキンス氏に関して、曽我ひとみさんを中心にして物事を考え、夫を娘2人と同じ曽我家の一員とみなし、だから日本に「帰ってくる」のは当然だと決めつけてしまっていることである。

 しかし、氏はもともと自分の意思で北朝鮮に入ったアメリカ軍人であり、日本とは何の関係もない。北朝鮮にとっては拉致したわけでもないし、その家族でもない。ためらいなく使える有力な対米交渉カードだ。妻の曽我さんら3人は別のカード、すなわち対日交渉カードとみなしているはずだ。この区別が重要である。

 ジェンキンス氏の存在価値は、北にとっては極めて大きかったと思われる。1960年代にほかにも3人の米兵が北に入っているが、氏は兵卒の上の下士官であり、さらに反米宣伝映画に出演するなどの具体的な反逆行為を行っている。現在に至るまで米外交官はもとより、米国の報道関係者も国連関係者も、ジェンキンス氏ら4人には面会できないままである。(1人は死亡と伝えられる)

 これは考えてみれば大変なことだ。1994年6月、核問題で金日成主席に会いに行ったカーター元大統領や、クリントン大統領時代の末期(2000年10月)にやっと訪朝したオルブライト国務長官ですら、彼ら4人の米軍人に会うことができなかった。

 日本の一部メディアや北朝鮮御用達の日本NGO(?)が今までにジェンキンス氏に面会できたのは、一方的に氏が北朝鮮の言いたいことを代弁する役目を負わされているからであり、それだけ氏が北の指導者に信頼されていることを意味するものであろう。

 金正日にとってみれば、氏を日本に渡すということは、重要な対米交渉カードを手放すということになる。それなら代償は米国から受け取ろうと考えるのが自然ではないか。日本に恩を着せるフリをして、実は米国に何ごとかを要求しているのではないか。
 そうでなければ、対米カードを手放す理由がない。だから、小泉首相が「I guarantee」と書いて見せたと伝えられるのは、何を「保証する」つもりだったのか、さっぱり分からないのである。

 ジェンキンス氏は40年に及ぶ北朝鮮の情報関係者たちとの交流を通じて、情報の宝庫と言っていい存在になっている。帰国した日本人の拉致被害者とはケタ違いのエリート待遇だったようだ。英語の教師、翻訳者というだけでも、対日工作の何倍も重要な対米工作に携わっていたのだから、おいそれと日本に引き渡しておしまいというわけにはいかないだろう。

 したがって氏が中国以外の国に姿を現すかどうか、現時点では楽観しない方がいいと思われる。金独裁者が北京と言ったのは、それ以外はダメという意味だろう。中国以外の国だと、米軍の情報機関が半ば堂々とジェンキンス氏の身柄を拘束し、米軍機に乗せて本国に連行する可能性が出てくる。米国としては脱走兵の逮捕は合法だ。ホスト国が抗議したとしても後の祭りでしかない。

 いちばんいい解決法は、ジェンキンス氏がどこかの国で家族と再会し、家族の同意を得てから、自分の意思で米国大使館に出頭することだ。
 米国民は、敗者の潔い態度を高く評価する。ジェンキンス氏が自ら出頭し、家族のために自分の過去の行動を反省し、母国の公正な裁判を受けると表明すれば、自ずから道は開けてくる。
 
 しかし、その場所が中国では難しいし、他の国ではそもそも氏が出てこないだろうから、話は堂々巡りになってしまうわけだ。

 小泉首相は主要国首脳会議(シーアイランド・サミット)の前にブッシュ大統領と会談し、この問題でブッシュの譲歩を要請することになる。が、色よい回答は期待できない。つまり、そういう事態に日米両国を追い込むこと自体が、ジェンキンス氏を交渉カードとして使えるという意味なのである。

 それにしても、仮に北が日本に氏を渡したとしても、米軍が放っておくわけがない。軍事裁判そのものよりも、氏の口から40年間に見聞きしたことすべてを聞き出すまで、家族のもとには戻さないと考えるのが自然だ。
 それを前提に考えると、とにかく米側の心証をよくして裁判を受け、早く判決を受けることが望ましい。その段階ではじめて大統領による恩赦が可能になり、家族全員の「再統合」(蓮池薫さんの造語)が実現することになる。

 こういう最善のシナリオにとって不確定な要因は、娘さん2人の頭の中である。もう子供ではない2人が、短期間の同居で母親の説得を受け入れるかどうか。もし、父親ジェンキンス氏がひとりででも北朝鮮に戻りたいと言い張ったら、ふたりは母親と一緒に日本に行くというだろうか。そこに北の悪意が見えている。

 北朝鮮がちらつかせている対日カードはまだまだある。横田めぐみさんの夫は何者か。なぜこの夫だけが外国人でないのか。

 思い出してほしい。一昨年の小泉訪朝の際、北朝鮮は日本側で全く掴んでいなかった曽我さんの存在を明らかにし、その夫が「有名な」米国逃亡軍人であることを知らしめて、日本政府を慌てさせた。残る米兵2人のうち1人の妻は、拉致されたレバノン女性だということが分かっているが、あと1人の妻は誰か、何国人か。なぜ隠しているのか。
 
 北朝鮮の悪意は底知れない。(04/06/06)




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