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平成16年8月5日

          ケリー候補が抱える宗教人種問題

 ジョン・ケリー上院議員が民主党大会で正式に大統領候補に指名されたが、人気は盛り上がりを欠いて夏枯れ状態になりつつある。メディアの関心も、ご当人よりもテレーザ夫人が次にどんな失言をするかを、待ちかまえているような有様だ。

 米国が移民の国であり、国民は先住インディアンを例外として、みな「XX系」アメリカ人であることはいうまでもない。しかし、その出自と宗教が政治の世界では複雑に絡み合って、日本人には特に分かりにくい情勢を作り出すことになる。

 ケリー候補はカトリック教徒である。これがまず、二大政党の大統領候補としては異例である。過去にカトリック教徒で大統領に当選した例は、現職で暗殺されたジョン・F・ケネディただ一人しかいない。
 実はその32年前、1928年にアル(フレッド)・スミス元ニューヨーク州知事が民主党の大統領候補に指名されたが、共和党のフーバー候補に大差で敗れている。

 このアル・スミス、ケネディ両候補は、共にアイルランド移民の子孫でカトリック。つまり、Irish Catholic と呼ばれる移民集団で、社会的には最下層とみなされる出身から身を起こした例だ。
 先駆者といえるアル・スミスは、それ故に選挙中、言語に絶する攻撃を受けて、いわば撃沈されてしまった。アメリカの主流であるWASP(ワスプ)、すなわち白人アングロサクソン(英国系)プロテスタントからみると、カトリックは異教徒と同じであり、それに加えて英本国で何百年ものあいだイングランド人の支配下にあったアイルランド人が、いま自分たちの上に立つ大統領になるなどとは、とうてい許し難いことだったのである。

 実際にアル・スミス候補に加えられた誹謗中傷には、「大統領に当選したらアメリカをローマ法王に献上してしまうだろう」といったような、いま考えると荒唐無稽なものが多かった。しかし、それが一般の有権者にはある種の説得力をもっていたといわれる。

 それからケネディ当選まで32年、その後、今年のケリー登場まで実に44年。反カトリック感情の盛り上がりを忘れるのに、アメリカはそれほど長い年月を必要とするということだろう。

 もう一つ。ケリー候補はカトリック教徒だが、アイルランド系ではない。だから前の2人よりマシではないかと思われるが、実は逆にもっと複雑な要素が見え隠れしている。
 
 ケリー氏の父方はオーストリアのユダヤ人(ユダヤ教徒)で、祖父がアメリカ移住のときカトリックに改宗した。実際、氏の実弟はユダヤ教に再改宗し、弁護士として活動しながら兄の選挙運動を陰で支えている。ケリー候補の名代としてイスラエルを訪問したことが話題になった。

 ユダヤ教徒が大統領候補になった例は皆無である。人口でいえばカトリックは25パーセント以上にまで増えているが、ユダヤ教徒はわずか2パーセント程度しかいない。もしケリー候補を「かくれユダヤ系」と見る有権者が多いとすれば、米国史上、極めて異例な大統領選挙が進行していることになる。

 あまり報道されないが、この異例さの前哨戦はすでに4年前の大統領選挙から始まっている。民主党は名門ゴア候補を立てて名門ブッシュ候補に惜敗したが、副大統領候補にはれっきとしたユダヤ系のリーバーマン上院議員を選んでいたのである。歴史上、ユダヤ教徒は二大政党の副大統領候補にもなれなかったのだが、初めて不文律が破られたわけだ。

 ユダヤ系米国人は、数は少なくてもアメリカの頭脳中枢を支配している。特にメディアや学界、官界、法律家、ハリウッドなどである。政界は数がモノをいう世界なので、ユダヤ系が支配を広げることは原理的に困難だ。それで、副大統領候補にリーバーマン上院議員を指名「させた」あと、ユダヤ系メディアは堂々と書いて曰く、「当選すれば、もしもの時にはユダヤ系大統領が実現する!」。
 もちろん、アメリカ大統領が常に暗殺の危険にさらされていることを念頭に置いている。

 ケリー陣営の政策顧問、つまり入閣予備軍のなかに、クリントン政権の国務長官オルブライト女史がいるのも象徴的だ。この人もカトリックだが、両親がアメリカに移住するときにユダヤ教から改宗したことになっている。しかし、東欧に住む親類縁者はみなユダヤ人ということで、そんな人を中東外交を担当する国務長官にするのは露骨すぎるという批判がついて回った。

 さらにもう一つ。ケリー候補のテレーザ夫人はポルトガル出身で、ポルトガルの植民地モザンビークで生まれている。ケチャップ財閥の御曹司ハインツ氏と結婚してアメリカ国籍になったから、ポルトガル系1世ということになる(夫は事故死、ケリー氏はカトリックなのに離婚)。
 ファーストレディが外国生まれ、それもラテン系小国でカトリック、というのは米国史上でも例がない。もしそういうホワイトハウスの主が実現したら、アメリカはかなり大きな変化に乗り出すことを意味するだろう。ケネディ夫妻よりももっと変わったファーストカップルに違いないからだ。

 ちなみにブッシュ家は、戦後の大統領のなかでは最も正統的なWASPの一族である。したがって、現職ブッシュと挑戦者ケリーの対決は、宗教人種的に「保守本流」対「混然未来」(?)という図式になっている。
 カトリックは急増するヒスパニック(中南米系移民)の宗教であり、今後も増え続けることは確実だ。ブッシュ大統領の実弟ジェフ(フロリダ州知事)の夫人もヒスパニックである。名門ブッシュ家も次の世代はもう「混然未来」に呑み込まれる運命にあるわけだ。(04/08/05)




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