top.gif
title.jpg

平成16年10月30日

            米大統領選挙の見どころ色々

 11月2日の投票が目前に迫ってきた。もう接戦のままサイコロの転がり具合を見守るだけだ。終盤にこれといった状況変化は起きなかった。

 よくいわれる「October surprize」、すなわち投票日直前1ヶ月の奇策、ハプニングの類は、実際に確認された例は少ないが、29日のアラファト議長の緊急出国・入院は、それに近い事例になるかもしれない。

 ハプニングでなく仕掛けとして挙げられるのは、1980年の現職カーター対挑戦者レーガンの選挙である。ホメイニ革命下のイランで人質になっている米大使館員約60名を、現職がオクトーバー・サプライズを狙って解放させる恐れがあるとレーガン陣営では警戒し、先手を打ってイラン側と裏で取り引きし、解放を遅らせるよう謀ったといわれる。
 
 たしかにカーター陣営が米大使館員の解放を実現していたら、有権者の支持を大幅に回復したに違いない。しかしイラン側には全く応じる気がなかったかもしれないので、ここはまだ証明が不可能である。
 一方、レーガン陣営が裏で何か取り引きしたことは、後に「イラン・コントラ事件」が明るみに出て、米国内法に違反してまで敵国イランに武器を供給した事実が確認された。オクトーバー・サプライズを恐れ、警戒する気持ちは両陣営に共通した心理である。

 アラファト氏(パレスチナ自治政府議長)の出国は、75歳の高齢と政治状況から見てもアラファト時代の終焉を意味するものである。それが誰の目にもはっきりしているため、パレスチナ側の政治的敗北、すなわちイスラエル側の優勢、そして現在までイスラエル政府を支援してきた米国の現政権にとっていいニュースということになる。

 だから、今回はハプニングとして、ブッシュ大統領に有利に働くオクトーバー・サプライズになったと見ていいだろう。

 投票日前約1ヶ月には、3回にわたる大統領候補テレビ討論も行われたが、これも決定的な要因にはならなかった。不思議なことに3回とも、あるいは少なくとも2回は、ケリー候補が現職ブッシュを圧倒したにもかかわらず、ケリー氏はブッシュ氏を引き離すことに失敗した。
 これはケリー氏の魅力のなさなのか、はたまたブッシュ氏の個人的魅力が強いのか?

 思い起こしてみると、90年代後半、クリントン再選後に共和党の長老たちは次の大統領を民主党から奪還する戦略を練りはじめた。シュルツ元国務長官(レーガン政権)などが中心となって、潜在的な候補者を次々に面接して適任者を絞っていった。
 その基準は「レーガンのイメージに重なる」人物ということだった。

 ブッシュ・ジュニアが選ばれたのは、親の七光りではない。地方政界ではともかく、大統領選挙で親の威光は通用しない。ブッシュ・ジュニアは大州のテキサスで女性知事を破って当選し、2期目に入っていた。レーガンと同じように気さくでコミュニケーション能力に恵まれ、人に好かれる性格だった。そこを見込まれたのである。

 それでも、民主党ゴア候補との選挙は、超がつく接戦になった。政策よりもどちらの性格に欠点が多いかというような選択になった。テレビ討論でゴア候補がわざとらしくため息をついたりしなかったら、ゴア氏が勝っていたかもしれない。そういう選挙だったのである。

 今回も全く同じような状況になっている。ブッシュ大統領は就任後、空前の米本土空襲ともいえる同時テロに会い、アフガニスタンに報復し、9割を超える支持率を記録した。
 その高支持率がイラク戦争勝利後のつまずきで剥げ落ち、元の木阿弥に戻ってしまった。支持バブルがはじけて、ちょうど4年前の支持層と支持理由の上に立っているというわけである。

 ちょっとしたサプライズでも、そこに上乗せされれば、それが決定的要因になる可能性はある。投票日11月2日の早朝であっても、たとえばビンラーディンの拘束、あるいは殺害に成功というようなニュースが流れれば、有権者の行動に影響が出るだろう。
 ある種のイスラエルびいきにとっては、力を失っているビンラーディンよりも、アラファト「追放」(イスラエルから見れば)に成功したことの方を高く評価するだろう。

 もしブッシュ大統領が予想より楽に再選されれば、そうした見方が表に出てくることだろう。しかし、負けた場合はどうなるだろうか?

 なによりも、世界中の反米テロリスト、非合法武装勢力の側に対して、正しくないメッセージを送ることになってしまう。これがいちばん大きな懸念である。
大統領がイスラム世界に対して敵意を見せるとアメリカ国民が大統領職から引きずり降ろす。そういう誤解を彼らに与えると、ほかの国でも普遍的に通用すると思いこんでしまう恐れが強い。

 外交では間違ったシグナル、メッセージの類を送らないことが常識である。かつて1945年、ナチスドイツが敗北したあと、日本が降伏するまでのあいだに、イギリス国民は勝利に導いた保守党に代わって労働党政権を選択し、チャーチル首相を引きずり降ろしたことがある。
 チャーチルは野にあって米国を訪問し、トルーマン大統領と打ち合わせて有名な「鉄のカーテン」演説をし、ソ連の野望に対して油断しないよう米英両国民に訴えざるをえなかった。

 もしブッシュ大統領が負けて野に下ったら、チャーチルと同じような立場で、同じように警告して回る役目を担うことになるだろう。もちろん、その仮想敵はイスラムではなく、テロそのものである。
 日本の立場、姿勢も一貫していなければならない。ケリー候補が勝った場合でも、何か勢いづいて一般的な反米論を強めたりしてはならない。テロと、テロ退治の軍事行動を、どっちもどっちというような対等扱いをしてはいけない。

 4年間でブッシュ嫌いは増えてもいないし、減ってもいない。それが実際のところだろう。ケリー好きというのはあまり聞かない。嫌いのほうが強いようだ。しかし、それを誰も問題だとは思わない。つまり、ブッシュ好き嫌いの関数でしかないということ。
 そんなことでいいのだろうか?(04/10/30)



コラム一覧に戻る