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平成17年8月30日

                参議院の緩慢な死

 「刺客」だの「くノ一」の効果が注目される総選挙だが、小泉首相によって参議院が致命傷を負わされたことを見逃してはならない。

 自民党内の反対勢力は「参議院で否決され、衆議院を解散するなんてできっこない」と思いこんでいた。それはそれなりにスジが通っているとも言えるが、もし違憲だの違法だというのであれば、直ちに司法に仮処分を申し立て、総選挙を阻止する行動に出るべきだった。
 議員ばかりか国民の誰でもがそうする権利を持っているが、そういう行動に出た人は一人もいなかった。

 つまり、郵政解散は誰がみても合法なのだ。そうすると、首相が総選挙で勝って続投となれば、郵政改革法案が再び衆議院で可決され、参議院に送られる。自民党の反対派は全く同じ行動をとるか、翻意して賛成に回るかの選択に迫られる。
 反対し続ければ除名処分か、2年後の改選期に公認を拒否される恐れが強い。したがって、おおかたの反対議員は賛成に回ることになり、法案は可決される。

 そうなると、なんで反対したんだろう、参院議員は解散がないからと安心しきって無駄なことをしてしまった、と全国民が感じるに至るだろう。

 そして、ムダは「参議院自体の存在」だという古い古い議論が蒸し返されるに違いない。

 参議院無用論の歴史は長い。現行憲法の制定過程から一院で十分だという意見があったが、旧憲法の貴族院が改憲審議から除外されていなかったので、そのまま衆議院にはない「良識」を期待される参議院に衣替えされた。

 元々、貴族院は英国の制度を真似た上に、日本独自の改良として勅任形式で「功労者議員(終身)」「学士院会員互選議員(任期7年)」「多額納税者互選議員(同)」などの議席をかなり多く制定していた。この多少民主的といえる部分を拡大して、参議院に改組したのだと思えばいい。

 したがって、現在のような衆議院のコピー院は想定の範囲外なのである。いまや選挙の仕方までほとんど同じになってしまった。「良識の府」など、とっくに絵空事になっているのである。亀井静香氏などが思いこんでいた参議院は過去の夢であり、小泉首相が見ている現実の参議院は全く別のものだった。

 世界の現状を見ると、英米を例外として、先進国の多くは一院制をとっている。いうまでもなく英国は貴族制度があるので貴族院を残している。それも最近は大改革を断行した。
 アメリカは連邦国家なので、各州の代表を平等に2名ずつ認めて任期6年の上院(元老院)を制定している。人口比の議席数で任期2年の下院とは同格とされるが、上院は外交権など独自の強い権限を有し、一格上の存在とみなされている。

 つまり、日本の手本になりそうな二院制のモデルは存在しない。逆にいうと、日本の参議院はどこの国にとっても参考にならない。早くいうと、存在意義はどこにあるのだろうか、ということになる。

 それでも、自己改革を続ければよかったのである。ここで述べていることは何も新しいことではない。たとえば、次の3点だけでも貫徹していれば、かろうじて「良識の府」として認められたことだろう。

 閣僚を出さない。
 
 党議拘束をしない。

 党内派閥に属さない。

 残念なことに、どの一つも守られなかった。その帰結が今日の政治的混乱である。参議院はなぜ今回、緊急集会を開いて衆議院解散に抗議する声明を出さなかったのか。扇千景議長はなぜ各派代表を招集して参議院の意思を統一する努力をしなかったのか。

 おそらく、誰もそんなことを考えなかったのだろう。そんな「良識」はとっくに消え去ってしまった。米国の上院は時々そうした声明を決議する。法的効力はないが、上院の良識(Sense of the Senate)と呼ばれて尊重される。文字通り Senate (元老院)としての自覚と誇りを持っているのである。

 岡田民主党の公約では、政治改革の目玉として「衆議院定数を80議席減らす」としているが、参議院については触れていない。自民党などの憲法改正論議でも、参議院廃止論は出たとしてもすぐ消える。
 これは旧憲法から現行憲法への改正のときと同じで、改憲を決議するのは現国会の両院であるから、自己の存在を廃止する案を提示するわけがない。憲法改正自体が非常に困難であるのと同様、参議院の廃止はほとんどあり得ない。

 とすれば、やはり自己改革するしかない。緩慢な死に向かっていながら死ぬこともできないのが参議院である。「第二院は第一院の決議にゴム印を捺すだけなら必要ないし、逆の決議をするなら邪魔なだけだ」という古典的な矛盾に、いつ誰が本格的に立ち向かうだろうか。自民党ブチこわしの結果、参議院建て直しがし易くなったと見ることもできよう。小泉さん、こわすだけの人で終わるんですか?(05/8/30)


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