top.gif
title.jpg

平成18年5月27日

          目が離せない独裁国の対日工作活動

 外務省の伝説の一つだが、ある大物大使は本省への公電の冒頭に「かねて本官の指摘した通り、」と枕詞をつけるのを常としたという。

 まだソ連が隆盛だった1980年前後、日本にドミートリー・ポリャンスキーというソ連大使が赴任していた。この人物が日本の財界人を集めた講演会に私も列席したことがある。当時はシンクタンクの研究員だったので、上司や親会社幹部の代理でよくそういう場に潜り込む機会があった。

 ポリャンスキー大使は凄みのある顔と態度で、日本の北方領土返還要求がいかに不当であるかを力説し、全く問題にならないと一蹴して見せた。
 驚いたことに、聴衆はだれ一人として質問も反論もせず、大使は意気揚々と退室していったが、なんとそのとき拍手が起きたのである。

 私は呆れて、「この大使は自分の説得力でソ連の主張が日本の財界人によく理解され、その証拠に拍手で見送られたと本国に報告するんだろうな」と直感した。
 反論もなく拍手で送られたのは事実なのだから、それをわざわざ日本人の過剰な遠慮と単なる儀礼だと報告するソ連大使はいないだろう。

 ちなみに、ポリャンスキー大使は元ソ連共産党政治局員で、一時はブレジネフ書記長の後継者かと言われたほどの大物だった。農業政策に失敗して左遷され、駐日大使にまで落とされていたが、返り咲きを諦めていないと観測されていた。

 約四半世紀の後、いま同じことを精力的に実行しているのが中国の王毅・駐日大使である。

 一般論としても、独裁国の外交官が本国の首脳に対して、悪いニュースを報告したらどうなるか。企業で名経営者と言われる人は、「悪いニュースほど早く報告せよ」と指示しているそうだ。その逆を考えればソ連や中国、北朝鮮などの独裁国家の欠陥が分かるというものだ。

 王大使は昨年、小泉首相が郵政改革法案で追いつめられ、参議院で負けるという予想が強くなってきたとき、これで小泉は辞任確実、後任は福田康夫氏だと判断し、本国にそう報告していた。
 それが大間違いだったので、年末年始に異例の長期帰国をして、次の対日工作を練り上げて戻ってきたと推測されている。

 そして、また性懲りもなく、小泉後継は福田だと報告し続けていると思われる。そうでない報告を送っているとは考えられない体制だというところがポイントである。中国の駐日大使として当然の報告を送り、結果がそうならなくても責任を問われないように、できるだけの工作活動を展開しておくことが何より大事になる。

 そこで、昔のソ連大使と同じように、講演活動、企業訪問、地方訪問などを繰り広げ、相手によってアメとムチを巧みに組み合わせる。
 
 経済同友会が首相の靖国参拝をやめるよう公然と提言したり(5月9日)、特定のテレビ番組が執拗に靖国参拝を後継者争いの争点にしようとする。もう見え見えである。
 中国市場に依存する経営者が何を迫られたのか、また取材許可に弱い体質を持つテレビ局が、何を鼻先にぶらさげられたのか。

 経済同友会の北城代表幹事は後日、小泉首相に「ご迷惑をおかけしています」と挨拶したが、これは「本意じゃないんですが、、」やむを得ないんですという意味だったのだろう。

 企業人と比べると、一部の政治家がいわゆる「A級戦犯の分祠」を繰り返し持ち出すのはもっとタチが悪いというべきだろう。どこに「やむを得ない」事情があるのか判然としないからだ。
 
 かつてキングメーカーと言われた実力者の金丸信(元自民党副総裁)が、訪朝した途端やすやすと独裁者・金日成に取り込まれ、最後に脱税で逮捕されたとき、金庫に無印の金塊が積まれていたという話がある。

 独裁者相手の取引には乗らないのが原則である。ゴルフぐらいならつきあってもいいだろうと思うと、もうそこから罠にはまることになる。議員は落選したら只の人になってしまうから、地元の支援者は何より大事だ。その支援者がまず落とされていたらどうなるか。

 実際に、王大使の工作は効果を発揮していると見なければならない。福田氏の人気が急上昇しているのが、その証拠である。春前の時点では「麻垣康三」の4人の中で、安倍晋三・官房長官がダントツ1番人気を占めていた。
 それが現在では福田康夫・元官房長官が他の二人を圏外に突き放して、2番手にのし上がってきている。

 まだ9月総裁選まで3ヶ月以上あるので、本命逃げ切り確実とは言えなくなってきた。この状況変化は重要である。本命に懸命にブレーキをかけ続けてきた森喜朗・前総理は、結果として誰の利益になるのか気がついているだろうか。

 今までの実績だけでも、王大使は本国首脳に向けて十分に「いいニュース」を送ることができたはずだ。「かねて本官の指摘した通り、」と枕詞をつけているに違いない。(06/05/27)

(バックナンバー「前原ショックがもたらした望外の外交好機」および新刊『大礒正美の よむ地球きる世界』第八章参照)



コラム一覧に戻る