top.gif
title.jpg

平成18年9月26日

     知ってますか、逆転するナチスと日本の評価

 昨年末の「終結で逆になった冷戦の被害者・受益者」の続きになる(バックナンバー参照)。

 東西の冷戦構造が崩壊したあと、顕著な動きとして西欧諸国の統一機運が一気に加速された。東西ドイツの統一(西が東を併合)から欧州連合(EU)実現、統一通貨ユーロの発行から悲劇の国ポーランドなど東欧諸国、旧ソ連邦のバルト三国の加盟と進んできた。
 この間、旧ユーゴスラビアだけは内戦でバラバラになり、25万人以上の犠牲者を出した。

 わずか十数年の間に起きた歴史の逆転劇で、いつの間にかドイツへの再評価(上昇)と日本に対する悪評価(下降)が、意図的に進められてきた。もうすでに、ナチスドイツは日本に比べればそれほど悪くなかった、というように世界的な認識が変わりつつある。

 この変化と、その行方の恐ろしさに気がついている日本人はごく少数のようだ。それは一般の日本国民がキリスト教とユダヤ教にほとんど関心がないからで、無理からぬことでもあるだろう。

 統一ドイツに対して融和の手を差し伸べたのは、かつての戦勝国の方だった。日本ではドイツが加害者として十全に謝罪し、補償を完遂したから相手に受け入れてもらえたのだというように解釈する人々がいる。
 しかし、事実は全く逆である。統一ドイツを疎外し除け者にしておいては、統一欧州は実現できない。フランスはいち早くドイツを引きつけ、仏独枢軸で欧州のリーダーにのし上がる戦略を考えた。

 この戦略が功を奏したことは、アメリカのイラク戦争にドイツがフランスと共に反対に回ったことで明らかになった。フランス外交の目的は一貫して大陸欧州の覇権確保にあり、そのためには「米英」アングロサクソン兄弟国を巧妙に疎外していく必要がある。その基本戦略では、ドイツを疎外するなど考えられないことであり、なんとしてもドイツを腹中に取り込まなければならない。

 これは、いわば自明の理とも言えるだろう。その動きは欧州各国にも理解できるわけだから、それぞれのやり方で同調することになった。ドイツに対するアプローチは、いうなれば「いままでいじめすぎてゴメン」という意思表示である。

 バルト諸国とポーランドは、ユダヤ教徒への迫害と虐殺に、自国民も荷担していたことを認めた。スイス政府は、永世中立国でありながらナチスの資産管理を引き受けていたことを認め謝罪した。カトリックの総本山ローマ教会でさえ、ナチスのユダヤ教徒迫害に対し強い態度をとらなかったとして、遺憾の意を表明した。
 つまり、キリスト教の西欧は、戦後半世紀以上にわたって戦前戦中のユダヤ人迫害の罪をナチスだけに着せて、口を拭ってきたことを不正義だったとしてとうとう反省して見せたのである。

 こうした贖罪意識がすでに浸透しているために、今年8月、ドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラス氏が、自伝でナチスの武装親衛隊に入隊した過去を公表したが、それで抗議運動が盛り上がるどころか好意的な反応が広がる結果になっている。

 ひるがえって日本の立場はどうだろうか。

 日本がドイツの立場と似ているとすれば、フランスに相当するのは中国に違いない。しかし中国はフランスと正反対の行動をエスカレートさせてきた。韓国と北朝鮮も事大主義の伝統で追随している。

 中国は江沢民国家主席の登場と共に、日本の過去を極端に歪曲捏造した「歴史認識」を要求し始めた。最近、江沢民「文選」三巻が刊行されて、「日本には永久に歴史問題を言い続けよ」という命令を98年8月に出している事実が公表された。当コラムではすでに昨年5月、「日本の服属を確認したい新中華帝国」で、この事実を指摘している(のち単行本『大礒正美のよむ地球きる世界』にも所収)。

 南京大「屠」殺記念館を始め、全国で150に及ぶ「抗日戦争記念館」を建てて日本軍の所業をこれでもかこれでもかと、白髪三千丈の中国式に誇大宣伝を繰り広げている。
 
 アウシュビッツ収容所でのユダヤ人犠牲者数が、冷戦時代の公称400万人から現在では約110万人にまで減らされているのと反対に、南京事件の犠牲者数も日本軍による死傷者総数も被害額も、何の根拠もなく増え続けている。

 そのウソ宣伝工作は着実に功を奏し、今年9月には米議会下院外交委員会で日本の歴史認識を審議する公聴会が開かれ、中国の主張を鵜呑みにした米議員やスタッフの発言が公式に記録された。

 同委員会は韓国の働きかけにも応じ、日本軍が朝鮮の少女20万人を「強制連行」し「従軍慰安婦」にした「事実」を日本政府に認めさせることなどを要求した決議案を、全会一致で可決した。韓国は勢いづいて米下院の本会議決議に格上げする工作を進めている。

 北朝鮮は北朝鮮で独自に、日本の拉致事件解決要求に対し、「日本は朝鮮人840万人を拉致したではないか」と反論するようになった(以前は600万人)。

 米国の特定の政治家が、どれほど本気で中国や韓国の言い分を信じているのかは疑問だが、ありていに言えば事実はどうでもいいのである。キリスト教徒にとっては、同じクリスチャンのドイツ人が人類史上最悪の記録を作ったということを信じたくないのである。
 「本当はナチスよりも日本人の方が残酷で悪辣で極悪非道だった」、そう信じたい心理が根底にある。

 日本人を史上最悪の存在だと位置付けし直すことに関しては(ノムヒョン韓国大統領はすでにそう口にした)、世界のキリスト教徒と中国、朝鮮半島の合計30億人以上が一致することになる。それもこれも、日本がいわれなき非難攻撃にハッキリと否定や反論をしてこなかったからである。

 旧ユーゴの内戦中、民族浄化(Ethnic cleansing)やレイプ収容所といった宣伝工作が奏功し、「ナチスもやらなかった極悪非道」という非難を浴びた。これはいわゆる戦争広告代理店による歪曲でほとんど事実でなかったと分かったが、日本軍がナチスもやらなかった「少女を大量に強制連行(Kidnap)して従軍慰安婦(Military sex slave)にした」という非難は、もっと悪質で奥の深いマインドコントロールになっている。

 櫻井よしこ氏の報告によれば、中国はカナダの教員を上海や南京に招待して「研修」させる工作を展開し、その結果、05年からオンタリオ州の高校教育課程にナチスのユダヤ人虐殺(ホロコースト)と並んで、中国の言うままの南京大虐殺(Nanjing Massacre)が初めて加えられたという(週刊新潮、06/06/29)。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといったリベラル派の有力紙がこのところ繰り返し中国の代弁を日本に向けて発信しているのも、こういう工作が実際に浸透していることの証左である。
 また、ロシアやドイツのメディアも同じように日本非難を始めたことを見逃してはなるまい。

 フランスと比べて中国の愚かさは特筆に値すると言えよう。しかし、その被害をこうむるのは現在と未来の日本「人」である。 

 安倍新総理の「あいまい戦略」が果たして妥当かどうか。新政権発足の日にあえて疑問を呈したゆえんである。(06/09/26)


コラム一覧に戻る