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平成19年1月31日

          アメリカ帝国の必要十分条件(続き)

 歴史上の大帝国には、他にも重要な共通点がある。兵器力と機動力を掛け合わせた軍事力を、必要なときだけ派遣して、目的を達したらすぐ引き揚げるというからには、遠隔地、辺境になればなるほど自治と信仰の自由を許すことになる。
 この論理的帰結が重要である。

 モンゴル帝国はチンギス・ハン以来、他部族、漢人、イスラム教徒、キリスト教徒の分け隔てなく、有能な人材を積極的に登用して大成功したと言われる。遊牧民族の特徴で、土地の所有や宗教にはほとんど関心を持たなかった。

 ローマ帝国は占領地の宗教であったキリスト教に染まり、やがて全面的に改宗して大帝国を長く維持した。同じようにオスマン朝も征服した相手のイスラムに改宗してイスラム大帝国となり、キリスト教徒を改宗させつつ強大化していった。

 ローマ帝国はまた、征服した周辺国や属領から移民を受け入れて労働力としただけでなく、教育を与え、政治にも関与させた。軍人、兵士にも採用した。
 オスマン帝国は、属領のキリスト教徒から若者を徴募し、イェニチェリと呼ばれる近衛兵軍団を組織した。帝国内ではイスラムやキリスト教の各宗派別に自治が認められ、徴税や裁判もその自治組織内で行なわれた。いわゆる「人の自治」であって、「地域限定の自治」ではない。

 さて、アメリカをこうした事例に当てはめてみると、どうなるだろうか。

 イラクなど中東の情勢を見ると、アメリカはイスラムに対して非寛容の度合いを高めているように思われる。また、自治についても、パレスチナ人の自治やイラクの三大勢力(シーア派、スンニー派、クルド人)の自治にあまり関心がないようだ。

 しかし面白いことに、その反面、アメリカ本国には顕著な変化が起きているのである。
 1960年代に初のカトリック大統領(J・F・ケネディ)が誕生して以来、人口においても、社会構造においても、いわゆるWASP(ワスプ、英国系白人でプロテスタント))でない民族グループが急速に台頭している。

 人口構成で見ると、ヒスパニック(スペイン語国からの移民)がとうとう最大の少数民族(マイノリティ)だった黒人(約12%)を上回った。また約6百万人といわれるユダヤ系に対して、改宗者を含むイスラム教徒が7百万あるいは8百万人に達したと言われる。
 政府が中東でイスラム教徒に手こずっているというのに、イスラム圈からは津波のごとくアメリカへの移民、出稼ぎが押し寄せているのである。

 人口構成の変化は当然、政治的な変動を要求する。

 1970年前後から現在までに、キッシンジャーなどユダヤ系、東欧系の国務長官が数人任命され、直近の2代は黒人が続いている。指導層にヒスパニックの登用が急増したほか、日系人も閣僚、陸軍参謀総長などの要職に初めて登用された。

 昨年11月の中間選挙は、このトレンドをさらに加速した。連邦議会下院に史上初めて、イスラム教徒と仏教徒がそれぞれ1人ずつ当選した。前者は黒人の改宗者で、今年1月の就任宣誓式でコーランに左手を置いて祖国への忠誠を誓った。誓いの相手がアッラーであることは間違いない。

 ちなみに後者は日系1世の女性で浄土宗の信徒。宣誓式には何も使わなかった。式の文言では「(神に)誓います」(swear)の代わりに「確約します」(affirm)でもいいことになっている。

 極めつけは何といっても国連大使の交代人事であろう。新議会で与党は少数派転落となったため、ブッシュ政権は暫定任命のボルトン大使の正式任命を断念せざるを得なくなった。そして新たに国連大使として上院に承認を求めたのはイラク駐在のカリルザド大使であった。

 ブッシュ大統領があきらめた任命が中東「民主化」論の強硬派「ネオコン」であり、新たな任命がアフガニスタン生まれの移民1世である。これほどの落差は過去に類例がないだろう。

 国連大使というポストは、日本と違ってアメリカ政府内では閣僚級の要職である。国連という巨大な組織に睨みを利かせ、絶えずアメリカ政府の意向に沿って働かせる役目だから、事務総長など歯牙にもかけない最重要の人物と言える。
 それが、中東出身の帰化アメリカ人に替わるのである。

 アメリカはもともと移民の国であるが、現在でも移民が殺到するため、とうとう昨年末に人口が3億人を超えた。先進国では例外的に少子化とは縁のない国である。

 この傾向が長期にわたって続くとすれば、アメリカはまず本国から帝国化していくだろうと予想される。そして、遅れて辺境の自治、信仰の自由を認める方向に動くだろう。
 つまり、結果としては過去の大帝国と同じ道筋に重なることになる。

 近年のアメリカがキリスト教(プロテスタント)原理主義に偏りすぎたため、また経験のない本土攻撃(同時テロ)を受けたため、大統領のリーダーシップが迷走気味となり、米国内外の反応もまた迷走しているのが現状であろう。
 しかしプロテスタント白人が少数派合計に負けつつあるというところに、問題の本質が隠れている。
 
 「帝国」を悪と決めつけず、客観的に歴史の鏡に照らしてみれば、見るべき事実が見えてくるのではないだろうか。(07/01/31)
 

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