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平成19年5月30日

           安倍首相に必要なコミュニケーター特訓

 安倍内閣の支持率が複数紙で10ポイントを超える急落となった。直接の原因は年金記録の杜撰さであろうが、それはともかくとして、安倍首相の最大の欠点が、この時点で明瞭になったことの方が重要だと思われる。

 安倍さんの最大の欠点、欠陥は、コミュニケーションというものを全く理解していないことである。そう言って差し支えないほど、ハッキリ分かってきた。このコラムを誰か、確実に安倍首相に届けることができないだろうか。
 
 アメリカの戦後の大統領で、最も国民に愛されたのは、間違いなくロナルド・レーガンだった。任期中は「グレート・コミュニケーター」と呼ばれたほどで、そう評価された大統領は他にいない。

 1981年の就任直後、精神異常者による暗殺未遂で、拳銃弾のかけらが心臓スレスレに撃ち込まれた。緊急の手術室で、レーガンは医師団に向かって「君たちはデモクラット(野党民主党)じゃないだろうな」と軽口を叩いた。主治医はすかさず「今日はみんなリパブリカン(与党共和党)です、ミスター・プレジデント」と答えた。
 
 このやりとりが公表されると、国民はいっぺんに新大統領レーガンの虜になってしまった。今でも知らない米国民はいないほど有名な逸話である。レーガンは若いころ、映画俳優としては二流で終わったが、実はラジオ・キャスターとしてコミュニケーション術を磨いていた。

 レーガンは高齢でも楽々再選されたが、77歳の任期の終わり頃には、一日2時間ほどしか執務していなかったと言われる。それでも、もし憲法上三選が許されるなら、おそらく三期目も当選しただろうというぐらい、米国民はレーガンを本当に愛していた。

 このレーガンによく似たグレート・コミュニケーターが、日本にもいた。小泉前首相である。就任早々、「自民党をぶっつぶす!」と叫んで、いっぺんに国民の心をつかんだ。小泉政権が5年半も続いたのは、ひとえにこの最初のひと声のおかげだった。

 コミュニケーターとしてグレートであるか、プアであるか、何で決まるのだろうか?
 答えは簡単。寡黙に語り、相手が自分で補足して満足するのがグレートであり、相手を満足させようとして多弁を弄するのがプアである。

 小泉さんは反対陣営から「ワンフレーズ・ポリティックス」だと非難されるぐらい、短い言葉で語るのが特徴だった。そうすると国民は、不足しているところを自分の頭の中で補って、自分なりに理解して納得する。つまり、自然な形で、国民の側から「首相は自分と同じ考えだ」と思いこんで支持するという構図ができ上がる。

 最近は聞かないが、ちょっと前まで、「落としの誰それ」と言われる名刑事が時々話題になった。逮捕した容疑者に犯行を自白させるコツは、当然ながら、自分がしゃべりまくることではない。相手にしゃべらせる、というよりも、話したくなるように持って行く態度、人柄、ノウハウが肝心だということだろう。

 日本の指導者、特に政治家には、得てしてこの逆をやる人が多いようだ。首相の系譜でいうと、小泉さんの前任者の森喜朗総理が典型的だった。

 森さんは調整型の政治家で、密室の座談は得意だったが、水産高校の「えひめ丸」沈没を聞いてもゴルフを続けたいきさつや、「神の国」発言など、続けざまに言い訳する羽目に追い込まれたとき、プア・コミュニケーターぶりをもろにさらけ出してしまった。

 国民は森首相が真摯に釈明すればするほど、「もう聞きたくない、いい加減にしてくれ」という反応を強くしていった。こういう悪循環は、始まると止めるのが難しい。おまけに女房役の中川秀直・官房長官も同じようなタイプだということで、国民の森政権離れを加速した。

 安倍首相が克服すべき問題は明らかだ。直ちにコミュニケーションの専門家を集めて、自分自身のコミュニケーター能力を特訓してもらうことである。安倍さんは森さんと比べても多弁なのに、森さんよりも明らかに歯切れが悪く、声質がベチャッという感じだ。専門的には「滑舌が悪い」。演説法としては岸、佐藤首相時代の古い技法を踏襲している。だから、「もう聞きたくない」という悪循環が始まると止めようがなくなるかもしれない。危ういところに来ていると言えるのではないだろうか。
 
 夫人と手をつないだり、人気選手を呼んで握手したり、ゴミ拾いをしてみせるのもいいが、そういうパフォーマンスは両刃の剣である。政治家の基本である言語コミュニケーションに立ち返る秋(とき)だろう。論語にも曰く「巧言令色、鮮矣仁」(こうげんれいしょく、すくなし、じん)。(07/05/30)


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