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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.113
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成20年9月30日

         日本の本流を宣言した麻生政権

 麻生太郎首相が言わんとするところを忖度(そんたく)してみよう。

 「オレは保守本流どころか、近代日本の本流そのものなんだ。みんな分かってないな。祖父の吉田茂が戦後の保守本流を創ったと言われるが、そのまた祖父(高祖父)の大久保利通が近代日本を創ったんだぞ。明治政府を確立し初代内務卿を務めた大久保こそが今の日本の本流なんだ」。

 おそらくそう自負していることだろう。麻生首相は単なる元首相の二世、三世という群像の1人ではないのである。そこに麻生太郎という人物の思想を理解するカギがある。

 メディアのほとんどは、閣僚18人のうち11人(金子国交相で12人)までが二世・三世議員で占められ、うち首相を含む4人が元首相の子か孫であることを否定的に受け取っている。

 しかし、麻生氏はわざとこういう内閣を工夫したに違いない。その証拠が、小渕優子少子化担当相である。

 何の実績もない34歳の当選3回議員がなぜ閣僚に抜擢されるのか。中曽根弘文議員の外相はまだ説明がつくが、それでも麻生首相は参院自民党のリストを蹴って、同氏を一本釣りしたという。

 この2人の閣僚任命を見ると、鳩山総務相と併せて3人の元首相を意識させるように仕組んでいることが分かる。
 安倍、福田のジュニア2人はすでに現在完了の人となった。そこで残る元首相の子孫は、党内にこの3人だけになった。

 麻生氏は、吉田のあとの元首相たちがすべてフツーの成り上がり政治家であったことを、国民に意識させようとしたのだろう。そして「オレは違うんだ」と。

 こういうように見てくると、この内閣は必ずしも選挙管理内閣とか、臨戦内閣とラベルを貼られるような性格のものではなく、別の目的を持って考えられたのではないかと思われる。

 大体、選挙向けにウケを狙うなら民間人を大量に入れるとか、人気抜群の宮崎県知事を抜擢するとか、いくらでも知恵があったはずだ。

 そこで、麻生首相の本当の狙いは、というか、誰に向けて何を言いたいのかが、ほのかに浮かび上がってくる。

 狙いは政権のカギを握る公明党であり、メッセージは「オレの後はないんだぞ」ということだろう。

 これは少し解説が必要だ。福田首相を追い詰めて辞任させたのは連立相手の公明党だった。その裏で、麻生太郎氏の登場を露骨に期待し、創価学会の「聖教新聞」では早くも昨年8月16日、唐突に吉田茂元総理を持ち上げて見せた。

 よく知られているように、この宗教政治複合体は庶民の味方と称していて、その指導者は温家宝・中国首相に対して「庶民の王者」と名乗ったことがある。
 しかしその反面、華道の池坊家元の夫人保子氏を公明党に迎え、参院議員に4期当選させている。実家は子爵家で今上天皇の親戚にあたるという超セレブである。学会員ではないとしているので、よけいに選挙向けの顔であることが分かるというものだ。

 麻生首相はそういう事情をよく知っているから、皇室にも連なる自分を担いだ公明党と陰のオーナーに対し、麻生氏なりの警告を送ったと考えられるのである。
 「オレの後はもうないよ。自民党もなくなるよ。だからオレに協力するしかないんだよ。解散のタイミングもオレが決める!」

 この分析が当を得たものだとしても、メディアや世論はまったくそう理解していないために、事態は早くも迷走を始めた。
 つまり、麻生総理がわざと作った世襲議員優遇内閣が国民には不評で(当たり前か)、それが総理自身の飛び抜けた名門ぶり、大金持ちぶりと相まって、はじめからメディアの不快感を煽るような結果を生み出した。 
 
 組閣直後の世論調査で(中山発言の前)、新内閣の支持率は総理側の期待に反して、ほとんどが50%を下回ってしまった。「60%はいくと思った」という太田公明党代表の失意がすべてを物語っている。
 
 麻生首相が「日本の本流」を正面から打ち出して勝負に出るという手もあるだろう。世界経済が百年に1度という混乱に直面しているとき、日本に百年以上も続く憲政の本流を意識する首相が登場したのは何かの縁であろう(今年は大久保利通暗殺130年、吉田茂生誕130年)。

 そういう人物に仕事をさせず、党内や省内、社内の「私益」の犠牲にして、また1年やそこらで現在完了の人にしてしまうのは、いくらなんでも国益を大きく損なうと言わねばならない。

 早期の解散・総選挙は避けられないとしても、その結果、また首相が代わるとしたら、もう目も当てられない事態となる。現在の自民、民主、公明の主要3党は、どんな結果になっても麻生首相だけは替えないという申し合わせをしたらどうだろうか。そのほうが民主党も戦い易いのではないかと思われる。(おおいそ・まさよし 2008/09/30)


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