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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.115
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成20年11月19日

           なぜ危機に負ける国なのか

 「100年に1度の信用津波」(グリーンスパン前FRB議長)と言われる金融危機が始まって約2ヵ月になる。この世界規模の激震の中で早くも勝ち組と負け組が明瞭に分かれてきた。

 経済成長や企業収益の話ではない。国のリーダーシップのことである。

 勝ち組はまずブラウン英首相、そしてサルコジ仏大統領、オバマ次期米大統領、キー次期ニュージーランド首相、プーチン露首相である。
 負け組の筆頭は、残念ながら我が麻生首相だ。

 ブラウン首相の評価は、本人も英国民もあっけにとられるほど跳ね上がった。同首相の支持率は昨年来急落し、1940年の対ヒットラー融和で失脚したチェンバレン首相と並べられるほど、不支持・不人気の極みに追い込まれていた。

 それが金融危機に直面したとたん、欧州で真っ先に大規模な銀行救済策を打ち出し、実際に公的資金で一部銀行の国有化や最大500億ポンド(約8.6兆円)を資本注入すると発表した。

 この積極果敢な介入がフランス、ドイツなど主要国にも同様な救済策を促すことになり、米国にも波及していった。

 今年のノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授は「驚くべき速さ」とブラウン首相を激賞し、仏ルモンド紙は「欧州の救世主」とまで持ち上げた。
 
 気をよくした首相は欧州連合(EU)首脳会議で「21世紀のブレトン・ウッズ体制」を築くべきだとブチあげて見せた。同盟国のアメリカに遠慮しない大言壮語だが、そうした姿勢が評価され、同首相の労働党は5月の統一地方選の大敗、その後の下院補選4連敗から一転して勝利をもぎとった。

 サルコジ仏大統領も二番煎じながら同じような行動で支持率を急上昇させた。同氏は就任してから派手な生活ぶりや離婚、再婚など傍若無人な言動で、支持率は30%を切るまでになっていたが、金融危機を利用して見事に挽回してしまったのである。

 ちょうど運良くEU議長国の番だったことを最大限に活用し、首脳会談を何度も招集して話題をつなぎ、カナダ、中国、米国と飛び歩いて行動力を誇示した。

 日本が主要国サミットの議長国であることなど歯牙にもかけず、20ヵ国首脳会議(金融サミット)を呼びかけて、それを米国に主催させて恩を売るという芸当にも成功した。その一方で、「もはや米ドルは基軸通貨ではない」とブラウンにすり寄る。

 オバマ候補にとって金融危機が追い風になったことはもちろんだが、経済にも外交にも疎(うと)いはずの同氏が、経験豊富なマケイン共和党候補を3回の討論会で終始リードしてみせた。それで9月初めに逆転されていた支持率を再逆転させることに成功した。
 これも、危機を逆手にとって自分のリーダーシップを売り込むという能力を示しているわけである。

 ニュージーランドで労働党を破って新首相になるジョン・キー国民党党首は、オバマ氏と同じ47歳で、政治家歴もわずか6年と短いところもよく似ている。  
 貧困から身を起こして米メリルリンチ証券で幹部となり、私財30億円を引っさげて政界入りした。金融危機を生み出した責任者の一人ではないかと日本なら批判されるところだが、NJ国民は「だからこそ問題をよく知っているはず」と前向きの評価をしたのだろう。

 プーチン首相も負けてはいない。ロシアは財政収入の7割弱を占める原油価格が半値以下に急落し、グルジア紛争もあって外資はどんどん引き上げているところだった。金融危機の被害は今後深刻さを増していくと予想される。
 不安を覚えた露国民が自分の指導力を渇望していると見て取ったプーチンは、大統領の任期を6年とする憲法改正案をメドベージェフ大統領から提案させた。

 現憲法で大統領任期は4年で2期までとなっているため、プーチン氏は任期切れで腹心のメドベージェフ首相とポストを入れ替えた形にした。こんどの憲法改正案を通したのち、来年中にもプーチン大統領が再登場し、少なくとも12年間の独裁政権を樹立するつもりでいることは誰の目にも明らかだ。

 これら5人の勝ち組と裏腹に、麻生首相の支持率は30%を割るまでに落ち込んだ。ブラウンやサルコジの最低記録と同じレベルに交差して下落したことになる。

 日本は今回の金融危機では間違いなく最も被害の軽い国であり、それが世界第2の経済大国なのだから、これほど有利な立場はないはずだ。麻生首相が国際的なリーダーシップを発揮し、結果として国内の支持率が急騰する条件が間違いなく整っていた。

 その条件、機会をなぜ活用できないのだろうか。個人の能力の差であろうか、それともリーダーシップを矯(た)め殺す仕組みが日本に根を張っているのだろうか。

 麻生首相は成田空港付近でG8緊急サミットを開催したかったようだが、乗ってくる国はなかった。サルコジは北海道洞爺湖サミットでも1国だけ、福田首相との個別会談を拒否して去った。話題の夫人は来日しなかった。

 サルコジは、意図的に日本軽視を繰り返すことが中国に対するゴマすりになる、と計算しているのだろう。
 
 ワシントンで開かれたG20首脳会議の写真撮影で、前列中央のブッシュ大統領の隣に胡錦濤国家主席が並び、1千億ドル(約10兆円)もの拠出を約束した日本首相は後列の右端3人目に立っていた。

 次回の会合は英仏首脳が声を揃えて「ロンドン」と公言している。(おおいそ・まさよし 08/11/19)

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