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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.117
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成21年1月22日

         オバマの本音と日中韓の建前文化

 オバマ米新大統領の就任演説は意外に地味だったが、評判は悪くないようだ。しかし精査してみると、日米のメディアが故意にかどうか見逃しているポイントがいくつか見えてくる。

 まず第1に、独立戦争でピンチに追い込まれたジョージ・ワシントン将軍が部下を励ました文言を引用し、自分の現在の立場と重ねてイメージさせていることだ。
 周知のようにオバマ氏はこれまでリンカーン大統領の再来のように振る舞ってきた。また就任後の経済政策をフランクリン・D・ルーズベルト大統領の「ニューディール政策」の現代版にすると公約している。

 つまりオバマ氏は、歴代43人の大統領の内、専門家の評価で不動のベストスリーを占める3人を全部、自分に重ねて見せたことになる。こんな厚かましい大統領は今まで見たことがない。

 第2に、米国の発展を旅(journey)になぞらえ、距離的にも海(大西洋)を渡り堅い大地を耕しつつ西部に至ったと述べているが、犠牲にした先住インディアンについては全く無視している。

 建国時の憲法では、人口割で直接税(人頭税)と下院議席が決められることになったため、便宜上、黒人奴隷は1人が「5分の3」と計算され、同時にインディアンについては「課税されず、人口にも計算しない」ということになった(米国憲法第1章2節3項)。
 
 先住民たるインディアンは、この時点で「国民でない」と位置づけられたのである。

 黒人については、南北戦争後の1868年、憲法修正第14条が発効し、本文の「5分の3」条項は効力を失った。しかしここでも奴隷解放と関係のないインディアンの地位はそのまま放っておかれた。

 その後、いわゆるアメリカ・インディアンは1924年の国籍法によって人口に加えられるに至ったが、本来は黒人と同様、憲法修正でその地位を確立されるべき歴史を背負っている。オバマ大統領はなぜ、インディアンの存在を無視したのだろうか。

 第3に、無視がもう1つ、重ねられている。
 「われわれは、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、及び無神論者(non-believers)の国」と歯切れよく言い切った。
 歴史の古い、そして米国にも信者が多くいる仏教やその他の宗教を全く無視しているのだ。

 これは奇妙というほかない。実に不思議な気分になる部分だ。ハワイ生まれでインドネシア育ちを売り物にする多文化混合のオバマ氏が、4つの宗教以外を全部「無神論」扱いしてしまったのである。

 日本の若者と同じで、実は宗教にあまり関心がないのかもしれない。

 第4に、「イスラム世界よ、われわれは」「貧しい国の人々よ、われわれは」という呼びかけにもびっくりさせられた。この2つの他に、そういう形式のフレーズはない。

 その意図はイスラム世界と貧乏国の指導者たちを非難して、被害者である民衆の味方だと訴えたいのであろう。
 しかしそれにしても、いきなり「poor nations」と言い切るところがすごい。

 日本では貧乏国どころか「後進国」も言えず、「発展途上国」と言い換えるすり替えが普通になっている。麻生首相が所信表明演説で「貧乏国の諸君」と言ったら進退問題に発展するだろう。

 アメリカでもこの種の「政治的に正しい」(politically correct)言い換えはあるが(たとえばアフリカ系アメリカ人)、日本ほど言葉狩りをすることはない。

 近年、日本では政治家が何か失言すると、野党やメディアが一斉に非難の矢を浴びせ、謝罪するまで手をゆるめず、執拗に辞任や解任を要求するという事例が急増している。

 そういう発言の多くは、失言ではあっても実は本音を漏らしたというべきもので、「政治的に正しくない」から政治的に攻撃するという社会現象である。つまり、失言狩りがいつの間にか本音狩りになっているところに日本社会の病理があると考えられる。

 その限りでは、韓国の「火病」というのと似てきたとも言えるだろう。

 周知のように韓国では、歴史と領土に関して「日本が正しい」と誰が言っても、瞬時に全身から火が噴くように怒ることになっている。日本の駐韓大使が日本の立場を主張するのは当然なのに、「竹島は歴史的に日本の領土」と言っただけで「妄言撤回せよ」「国交断絶だ」と、普通の民衆が連日デモをかけた。

 つまり「政治的に正しくない」ことに対して怒り狂ってみせるのが習い性となっている。それが日本で言うところの「建前」なのに、そう意識しないで行動してしまうところが問題だと言えよう。

 さて中国だが、読売の北京発記事によると、オバマ演説のなかで都合の悪い部分はやはり削除して流したという。新華社通信のネット版でも、「先の世代はファシズムと共産主義に立ち向かった」という部分を「共産主義」の一語を落として紹介した。

 例の「イスラム世界よ、」と呼びかけた一節で「腐敗と謀略、反対者抑圧によって権力にしがみついている者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ」と警告しているが、このくだりも完全に消されているという。

 イスラムの敵に対する文言でも削除してしまうのは、それが自分たちにもあてはまることを自覚しているからだろう。無自覚よりはましとも言えるだろうが、建前が無限に拡大されていく社会は基本的に不健全であることは言うまでもない。

 オバマ新大統領の本音にも問題はあるが、日中韓三国の建前文化にはもっと大きな問題が隠されているのではないだろうか。(おおいそ・まさよし 09/01/22)


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