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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.124
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成21年8月26日

        都合よく誤解されるオバマ核軍縮演説

 核を巡る論議が近年にないほど盛んになってきたが、非核三原則などの古典的な誤解の上に、更に新たな誤解が加わってきたようなので、今回はその2つを明確に解き明かしておきたい。

 第1は、去る4月5日、オバマ米大統領がチェコの首都プラハで包括的な核政策をスピーチしたが、そのなかで「核廃絶を目指す」と明言し、「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります」(在日米大使館による仮訳)と述べたことに始まる。

 これで我が国の反核勢力は舞い上がってしまった。日本共産党までオバマ氏に手紙を送って賞賛し、返事をもらったもらったと大喜びで記者発表した。
 8月恒例の原爆被害者慰霊祭では、鬼の首を取ったようにオバマ演説が繰り返し引用され、オバマ大統領の広島・長崎訪問を期待する声が大手メディアにも公然と見られるまでになってきた。

 しかし、ちょっと待った、である。

 確かにオバマ氏はあの演説で「a moral responsibility to act」と言ったが、それだけを取り出してさえ、謝罪や後悔の意味は全く含まれていないと指摘せざるを得ない。だからこそ米国内では、この演説のこの部分は問題にもされていないのである。謝罪の意味であったなら、即座に大騒ぎになったはずだ。

 この言い回しの真の意味は、いわば「カネの使い方は金持ちしか知らないんだよ」というのと同じである。世界一の富豪ビル・ゲイツがそう言ったとしても、誰も異議を唱えないだろうし、いわんや謝罪だと受け取る人はいないだろう。

 米国大統領はつまり、核兵器のビル・ゲイツなのである。世界で突出した核戦力を持ち、それを使った経験もウチだけなんだから、みんなオレの言うことに従うのが当然なんだぞ、という意味を英語的に表現しただけである。

 演説の舞台がチェコだったことも忘れてはならない。スピーチの前半でチェコ国民が抵抗運動で共産党独裁に勝ったと賞賛し、「moral leadership is more powerful than any weapon」と定義している。「ペンは剣より強し」と共通する言い回しであって、モラルを日本的に倫理・道徳と訳してはいけない例を示している。
 
 この演説の目的は、明らかにイランとテロ勢力に核を持たせない体制作りにある。自分の任期4年間のうちに「世界中のすべての兵器転用可能な核物質 all vulnerable nuclear material around the world」を確かな管理下に置くよう世界に呼びかけている。

 そして、肝心の「廃絶」だが、「他の国々に核がある限り我が方の安全と同盟諸国の防衛のために核を持ち続ける」と宣言し、どうか誤解なきようにと念を押している。それが「廃絶」?

 さて第2におなじみの「非核三原則」だが、「持たず、作らず、持ち込ませず」と語呂合わせのようになっているところがミソだ。

 元は核の製造・装備(この順)と米軍による配備を懸念する反核運動が1950年代から次第に強くなり、70年代初め、佐藤栄作首相が沖縄返還交渉にからめて国策として打ち出したものだ。
 
 東西冷戦を母体として生まれた鬼っ子と言えるが、76年から数回の国会決議で定着してしまったために、我が国の外交と安全保障そのものがどれだけ危ういことになったか、その害毒は計り知れないものがある。

 このスローガンのような日本語も、政府が同時に正確な専門用語をつけて使うように配慮しておけば、事態はこれほど悪くならなかったであろう。すなわち、、、
 「持たず」は「保有せず」
 「作らず」は「国産せず」
 「持ち込ませず」は「配備なし」

 軍事的に配備(deployment)というのは実戦力を配置につかせることであって、一時的な派遣(例えば爆撃機)や短期の貯蔵などは含まれない。まして核ミサイル搭載艦などの「寄港」が含まれるはずもない。

 この正解三原則だったらアメリカも困ることはないし、日本も製造保有に至らない研究開発は自由にできる。そのほうが外交力にもなるはずだ。

 ちなみに外務省は「導入」を意味するイントロダクションを使っていて、英語でも意味が分からないように細工している。

 いつでも都合よく誤解する人が多かったため、誤解三原則を基にして「原子力基本法」などが制定され、国産・保有どころか基礎研究すら国内法上、不可能になったと解釈されている。

 しかし反核の社民党はそれでも飽きたらず誤解の三原則を法制化せよと主張し、鳩山民主党代表は首相になったらオバマ大統領に会って、誤解三原則を何が何でも受け入れさせるとテレビで言明した。
オバマ氏の当惑した顔が目に浮かぶようだ。(おおいそ・まさよし 09/08/26)


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