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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.126
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成21年10月28日

        国家戦略に不可欠なインテリジェンス再構築

 11月12日に迫ったオバマ大統領訪日の先触れとして、ゲーツ国防長官とマレン統合参謀本部議長が相次いで来日した。国務でなく国防長官と制服組のトップが揃って、大統領の外国訪問の先触れをつとめるのは異例のことだ。

 それだけ鳩山新政権が軽視ないし無視していることを、逆に米国のほうは重視しているということを端的に物語っている。

 二人の任務がどれほどの効果を上げたかは、実際のオバマ来日の後になってみないと分からないので、ここでは視点を変えて、ゲーツ長官本人が体現している国家戦略について具体的な提言をしておきたい。

 ロバート・ゲーツ氏は米国史上初の、新卒CIA職員からCIA長官に昇り詰め、更に大学教授を経て国防長官に就任した異色の人材である。

 中央情報局CIAは、戦時中の戦略事務局OSSが戦後改組されたもので、比較的新しい政府機関だが、その規模も機能も世界で突出した存在に成長した。歴代の長官は政治的任命で、ブッシュ・パパもフォード政権下で長官(閣僚)を務めている。

 すなわちCIA長官経験者の大統領がすでに1人存在し、その人が部下だったゲーツ氏をたたきあげ第1号の長官に任命したわけである(1991-93)。

 日本では考えられないことだが、退官後ゲーツ氏は全米でも一流のテキサスA&M大学に招かれ、教授、学部長、学長と教育界でも業績を残した。

 そして、イラク戦争でラムズフェルド国防長官が評判を落としたあと、組織立て直しのため、ブッシュ・ジュニア大統領に請われて国防長官に就任した。パパの強力な推薦があったに違いない。

 というと共和党との強い絆があるものと推測されるが、本人は全くの無党派だと称していて、実際にオバマ大統領はゲーツ氏をそのまま留任させ今日に至っている。党派色の薄いことも情報専門家の必要条件である。

 実はフィクションの世界ではすでに、CIAの生え抜きが大統領にまで昇進している。映画にもなったトム・クランシー著『レッドオクトーバーを追え』の主人公、ジャック・ライアンである。
 ライアン博士もゲーツ氏と同じソ連情報分析官から始まり、CIAのナンバー2からホワイトハウス入りして安保担当大統領補佐官になる。ゲーツは同次席補佐官を経てCIA長官。

 そのあとはちょっと違って、ライアンは暫定的な副大統領に任命されるが、その直後に大統領が日本人機長の旅客機特攻テロで死亡したため、自動的に大統領に昇格する。

 このストーリー展開はわれわれ日本人にとって非常に不愉快なものだが、アメリカの一部に根強い対日警戒心がくすぶっていることを知る教材でもある。鳩山首相にもぜひ読んでもらいたい。

 ちなみに、このライアン・シリーズ第7作『日米開戦』(邦題、新潮文庫)の原著が出版されたのは1994年であるから、2001年の9.11同時テロはこの本を読んで触発された可能性を否定できない。

 それはともかく、現代のインテリジェンスとは情報収集分析(シンクタンク機能)を基礎に、情報工作と、逆の情報工作対策(カウンターインテリジェンス)をすべて含む広範な概念である。
 それらを1つの組織で担当するのは現実的でなく、また弊害も大きくなる。しかし、そのすべてを統括する最高責任者は必要不可欠である。米国ではCIAを含む16の情報機関を国家情報長官が統括する体制をとっている。

 日本でもいい機会が到来した。鳩山首相が決意すればインテリジェンスの統括機能を、その名も適切な国家戦略局に持たせることができる。鳩山連立内閣が軍事的なるものをとりわけ忌避するならば、その分、ソフトなインテリジェンスを格段に重視しなければならないはずだ。

 ロシアの実質的支配者プーチン首相がソ連KGBの生え抜きで、支配層にKGB出身者が多いことも知られている。プーチンは情報分析官でなく情報工作の専門家だった。とても「友愛政治」が通用する相手ではない。

 「ゲーツ氏のような人材がいるかどうか」「アメリカやロシアは違いすぎて参考にならない」などと初めから諦める前に、まず国家戦略局に閣僚級のCIO(チーフ・インテリジェンス・オフィサー)とそのスタッフを置くことを決め、政権交代しても原則留任させると国会で議決する。そうすることによって適材が自然に浮かび上がってくることが期待されよう。

 鳩山首相は「無血の平成維新」を宣言した。そうであれば、最も必要な新しい人材と組織はこれではないだろうか。(おおいそ・まさよし 09/10/28)

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