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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.131
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成22年3月31日

         考えない理系・・と考えるしかない総理

 鳩山内閣がスタートして半年が過ぎた。前に2ヵ月の時点で、「総理の脳内仕分けが必要」と書いたが、更に4ヵ月を経てようやく鳩山首相の思考回路が分かってきた。

 その結論をひとくちで言うと、「考えない理系」ということになるだろう。もちろん「理系はみな考えない」という意味ではない。

 「考える」という作業は文系理系にかかわらず、誰でも日常的に実行していることだ。家庭の主婦で言えば、「今夜の夕食は何にしようか」と考えるとき、家計など多くの条件を無意識に脳内コンピューターに入力し、その結論として献立を決め、かつ調理してお膳を整えるという結果まで伴う。

 我らが総理大臣には、そういう普遍的なプロセスがほとんどないことが分かってきた。その異例ぶりを3つのポイントに分けて説明してみよう。

 第1に、総理は物事に重要性の違いがあるということが分からないらしい。すべてを均等なものとして受け取っているようだ。事の軽重、優先順位を語ったことがない。家庭の主婦の例で言うと、「今日は長男の誕生日だから、あの子の好きな物を作ろう」というような優先順位が自然に思い浮かぶだろう。

 総理は、たとえば国の安全と子ども手当てのどちらが重要か、全く口にしたことがない。そういう相対評価が頭の中にないらしい。「いのちを守りたい」と繰り返しても「こどものいのち」と「地球のいのち」が並列に語られる。

 言葉の使い方も同じで、「思い」という名詞だけを多用し、「想い、考え、意志、決心、決意、決断」というような重さの違う表現や動詞を使わない。
 また国民には「お暮らし」、誰に対しても「申し上げる」というような過剰丁寧語を連発するのは、相手によって使う言葉を選ぶという回路が存在しないからであろう。

 つまり、相対的に物事の重要性を「1」から「10」まで位置づけるという回路がなく、すべてを「1」として受け取っているのである。ここがまず理解すべき特異点である。

 それが分かると第2に、総理が誰に対しても「分かりました」「それでお願いします」というように肯定で応える理由が分かってくる。
 決してネガティブな応対をしないので、相手はみな総理が認めてくれたように受け取ってしまう。それで発言が「ブレた」と報道されることになる。亀井静香大臣が「総理が了承した」と言い張るのも無理はないのである。

 事実は「認めた」のではなく、相対評価なしですべて「1」として受け入れ、コンピューターに入力するだけのことである。この段階では良いとか悪いとかの判断をしていないのだ。

 つまり、鳩山氏の脳内では、すべて均等な価値の情報がどんどん増える一方であり、それを全く気にしていない。入力する情報を制限し減らすように働くのが一般に言うところの「考える」というプロセスである。総理は逆に増やす回路しかないので「言葉が軽い」と批判されることになる。

 そして第3に、そんなに「増やす」だけでどうするのか、という疑問が出てくる。実は「考えない理系」は無限に増えた条件(要素)を、世界のどこかにあるバーチャル(仮想)スーパーコンピューターに入力しているのであって、期限が来れば自動的に「最適解」が出てくると期待しているのである。

 このスパコンは鳩山氏の脳内にあるのではない。どこかにあるのだ。そのスパコンから最適解が出てくるのであって、総理が自分で「出す」のではない。

 普天間基地問題を5月までに解決すると断言し、沖縄も移転先もアメリカも、関係者全部がこれで良かったと納得する案が必ず出てくると言い切る総理を見て、国民のほとんどがなぜそんなに自信があるのだろうかといぶかった。

 答は、自分が「出す」という発想すらなくて、最適解がバーチャル・スパコンから出てくると言っているのである。それが実は、鳩山総理の学者時代の専門であるオペレーションズ・リサーチ(OR)と繋がっているのではないかという仮説も聞かれる。

 総理の長年の盟友である菅直人副総理と側近ナンバーワンの平野博文官房長官も理系大学卒で知られる。ひょっとするとこの二人は、早くから鳩山由紀夫氏の「考えない理系」に気づき、その上で理解してきたのでないだろうか。(おおいそ・まさよし 10/03/31)


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