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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.135
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成22年7月27日

        拉致問題解決が近いという兆候なのか

 公開情報をパズルのようにはめこんでいくと、何か大がかりな外交工作が収束しつつあるのかという感じもする。

 大韓航空機爆破の実行犯である金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚に対する日本政府の異様異例な厚遇を見て、国際常識からすると何らかの意思表示が北朝鮮に示されたのだなと判断せざるを得ない。

 金本人から新たな情報を得るためならば、あんなに国賓なみの待遇をする必要は全くない。だいたい国を代表する国賓ですら、来日する往復は自弁である。

 この招待が非常に重要視されていたことは、責任者の中井洽(ひろし)国務大臣(国家公安委員長、拉致問題担当)と千葉景子法務大臣の2閣僚が共に、女性スキャンダルや議員落選でも即時解職にならなかった事実と突き合わせて、そういうことだったのかと腑に落ちる。

 また日本の拉致捜査当局と公安警備担当、さらには外務省もだんまりを決め込み、異論を唱えたような形跡もないのは何かおかしい。

 なぜ日本でも犯罪容疑者なのに(パスポート偽造行使)、国賓かそれ以上の歓待をして見せたのか?

 そこに謎の答が隠されていることは間違いない。

 ここで拉致実行犯の中に金賢姫と同じように韓国で死刑判決を受け、後に特赦された工作員がいることに気づく。横田めぐみさん拉致の実行犯と目されている辛光洙(シン・グァンス)だ。

 辛光洙は1973年に日本に潜入、80年に日本人調理師を北朝鮮に拉致し、同人になりすましてさらに暗躍を続けたとされる。85年に韓国ソウル市内で逮捕され、翌年スパイ罪で死刑宣告を受けた。
 
 その判決後の89年7月、日本の社会党などが辛を含む「政治犯29名」の釈放要望書を盧泰愚大統領宛に送付したが、そこに署名した133人の国会議員に菅直人(社民連)、江田五月(同)、千葉景子(社会党)の現民主党幹部が3人も名を連ねていたのである。

 辛光洙死刑囚は北に「太陽政策」をとる金大中大統領によって2000年に特赦され、北に送還されたが、転向しなかった英雄として表彰を受け、のちに幹部職に就いたとも伝えられている。

 日本の捜査当局は彼を特定して逮捕状を発行し、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配している。また政治的にも日朝交渉のたびに、「すべての拉致被害者及びその家族の安全確保と速やかな帰国、真相究明、拉致実行犯の引渡し」を繰り返し要求している。

 この公式の立場と民主党政権(特に菅首相)はあきらかに整合性を欠いているわけで、政権側でも当然そこをなんとかしないと野党攻勢にさらされると分かっている。

 突破口は「拉致実行犯の引渡し」要求をなし崩しに撤回してしまうことだ。同じようなテロ実行犯を大歓迎したのだから、辛光洙らの拉致実行犯たちも日本で同様に迎えられ罪に問われないという誘いをかける。

 北にそういう日本の譲歩を信じさせるために、政府はあれほど非常識なパフォーマンスをやって見せたのではないだろうか。

 もし明日にでも、辛光洙がみずから数人、あるいは十数人の拉致被害者を伴って来日したならば、それで拉致問題は一気に決着ということになるだろう。

 「すべての」と「真相究明」の文言はどこまでで解決とするのかが曖昧で、それが北側の抵抗理由にもなっていた。それをこういう形で棚上げし、後回しにするというのも外交上の知恵ではないだろうか。

 以上はあくまで事の善悪は置いておいて、理論的、客観的に公開情報を整理分析してみると、こういう可能性があるということである。

 はたして外交・安保に弱いとされる民主党政権にこのような外交知恵者がいるかどうか。
 また、中韓両国に対して弱腰、融和的言動が目立つ民主党が、北朝鮮と関係改善したらどんなに譲歩を重ねるか、大いに危惧されるところでもある。

 逆に、今後数ヵ月、拉致問題に何の進展もなかった場合、今回のテロリスト国賓騒動は一体何だったのかと、日本は世界の笑いものになるだろう。(おおいそ・まさよし 2010/07/27)


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