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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.137
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成22年9月28日

       ほぼ失われた尖閣諸島と膨大な海洋権益

 当コラムでも立て続けに沖縄、尖閣の防衛が急務だと指摘してきたが、ときすでに遅かったようだ。菅・仙石政権が巡視船体当たりの中国船長を「粛々と」釈放し、国内法の適用を断念したことで、事実上、尖閣諸島はほぼ放棄されたことになる。

 国民感情としては当然そう思いたくはないが、歴史的経過と論理的結末をできるだけ客観的に分析すると、国際法、国際慣行の常識からは中国の国内法が日本に優越したという結論になる。

 中国はわずか18年前の1992年2月、「領海法及び接続水域法」を制定し、日本で言う尖閣諸島を「釣魚島を含む台湾の付属各島」と明示して自国領とした。

 日本はその法的侵略行為に抗議もせず、逆に同年11月に天皇皇后両陛下を歴史上初めて訪中させている。これ以後、失われた20年といわれる日本の凋落が始まった。

 この18年間に日本は河野談話(93年)、村山談話(閣議決定、94年)、遺棄化学兵器の責任引き受け(95年)と謝罪外交を繰り返し、ついには江沢民国家主席の対日侮蔑外交(98年11月)を招いている。
 江主席は訪日に先立つ8月、「日本を対等の国から格下げする」という意味の指令をみずから発していた(拙著『よむ地球きる世界』彩雲出版2006/05に詳述)。

 これだけの下地があるなかで、中国は昨年末に「海島保護法」を制定し、今年3月1日から施行した。これは領海を主張するだけでなく「保護」すなわち積極的な行動を政府に促すもので、尖閣諸島もその対象であることは明らかだった。

 したがって、今まで尖閣を象徴とする東シナ海の海洋権益に関して、日本と中国の国際的立場は「9:1」で日本に有利だったものが、今回の外交降伏によって一挙に「1:9」に逆転したと言えるだろう。

 次に論理的結末を考えると、さらに恐ろしいことになる。

 日本の国内法が実効的に施行されないことが証明され、中国の国内法がまかり通った結果、これからどういうことが起きるだろうか。仮に日本が謝罪、賠償したとしても、それで解決する問題ではない。

 中国は間をおかず、大量の自国漁船と武装監視船を常時尖閣諸島の領海に入らせ、折を見て漁民の上陸そして定住という手はずを考えているはずだ。

 また、尖閣諸島を基点とする日本の排他的経済水域(EEZ)はオセロゲームのように中国の権益となる。それどころか中国は、もともと尖閣を含む大陸棚がすべて中国のものと主張している。優位に立った今、日本が主張する中間線付近のガス田の共同開発案に、耳を貸す必要はもうないことになる。

 日本政府は漁船逮捕事件で日本が譲歩すれば、共同開発事案が再開され進展すると甘く考えているようだが、まさか共同開発の理論的根拠が失われたとは思ってもいないだろう。そこが国際的な落し穴である。

 もう一つ、大きな落し穴が待っている。それはクリントン米国務長官などが口頭で確認したという「尖閣は日米安保の対象」という論理である。

 しかし安保条約の文言は「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」となっている。つまり尖閣諸島領域が日本国の施政下にあるから安保の対象だと言ったに過ぎない。

 その日米会談の直後に日本は中国の恫喝に屈服した。これで事実上、同領域が日本の施政下にないと国際社会が判断しても仕方がないことになった。米政府がその見方に傾いたら日米安保は適用されない、という論理にならざるを得ない。

 そういう事態を防ぐには3ヵ月前の当コラムで提案したように、尖閣に自衛隊を常駐させるしか効果的な手段はない。それによってのみ、「日本国の施政の下にある」事実を世界に示し、同時に巧みに米国を巻き込むことが可能となる(No.134「日米同盟深化はまず尖閣諸島防衛から」6月29日)。

 また付け足しというにはあまりにも重要な要素がある。それは尖閣が無人島のままということである。日本領土に編入して115年といっても、過去70年間も無人島で経済活動も伴わない(日本漁船は近づかない)というのでは、施政の下にあるという主張自体が弱いと思われてしまう恐れがある。

 中国が2004年から、日本最南端の「沖ノ鳥島」を経済活動を伴う島と認めず、「岩礁だから排他的経済水域を認めない」と言い始めた事実を忘れてはいけない。
 無人島や岩礁を積極的に自国領土化する「海島保護法」が実際に機能し始めていると受け止め、先手先手と打って日本国の施政を強化しなければならない。

 世界中の中国人が1世代にわたって「尖閣は中国領」と教え込まれ、日本政府はそれを無視して「領土問題は存在しない」などと言ってきたが、ようやく歴史的な転機が訪れたことだけは確かだ。(おおいそ・まさよし 2010/09/28)


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