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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.142
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成23年2月27日

           新日鐵とシャープの間の33年

 最近報道されたことだが、家電大手のシャープが中国政府から圧力を受け、合弁会社からの撤退か、それとも最新鋭の第10世代の液晶パネルの技術を差し出すかの選択を迫られているという。

 また中国のゴリ押しかと歯ぎしりする人が多いだろうが、実はその種を播いたのは日本人自身だということはあまり知られていない。

 中国の実権を掌握したケ小平・副首相が1978年に初めて日本を訪問したとき、彼は名指しで新日本製鐵の君津製鉄所(千葉県)を訪れ、最新鋭の高炉を見学した。そして稲山嘉寛会長に全く同じ設備を中国に作ってくれと要請した。

 それが改革解放後の日中経済協力の始まりだった。日本側は中国の工業レベルを考慮して、まず最先端より一歩手前の製鉄所の建設を提案したが、中国側は烈火のごとく怒って、「われわれ中国人をバカにするのか!」と蹴とばした。

 それで新日鐵は膝を屈して中国さまに許しを請い、ケ小平の顔を立てて最新鋭の高炉を上海に建設して差し上げたのである。ゴリ押しに負けた第1号と言えるが、現在に至るまで同社は「最新鋭の技術とノウハウのすべてを中国に移転した」と自慢している。

 稲山氏は戦前から「鉄は国家なり」と自負した生粋のアイアンマンだったが、その通りに鉄と一緒に日本国を献上したことになった。
 ほんの十数年の間にその宝山製鉄所を中心とする中国の粗鋼生産は米国を抜き、日本を抜いて世界一となった。
 そこから中国経済は高度成長を加速し、ケ小平訪日から数えて32年後に日本を蹴落として、世界第2の経済大国にのし上がった。まさしく鉄は国家の基盤だったのである。

 21世紀の経済大国の基盤はIT(情報技術)である。中国には自前の技術がまだない。だから先進国から提供させることが必要不可欠となる。相手が日本なら30年以上の脅しつけのノウハウを持っている。

 シャープが犠牲者(社)に選ばれるのはいわば必然であった。

 同社は品質維持を重視して液晶パネルなどの海外生産には慎重だったが、リーマン・ショックに直面してとうとう方針転換し、「亀山モデル」で知られた第6世代(G6)の液晶パネル製造設備を中国の合弁会社に売却した。

 そして次の展開は第8世代(G8)の設備を移転する計画で中国の認可を待っていたが、そこを突かれたのである。

 今年1月、最新鋭の第10世代(G10)製造ラインを操業開始して間もない堺工場(大阪)を中国要人が訪れ、この工場と同じものを中国に持ってきてくれと要請したらしい。

 実力者・ケ小平の成功談に倣ったことは明らかだろう。この新鋭工場の建設には4,500億円かかったという。まだ稼働率も十分でなく、同じ規模の設備投資も困難だが、中国に新設したとしても市場は供給過剰になり、採算割れして元も子もなくなる恐れが強い。

 ここで留意しておくべき点が幾つもあることに気づくだろう。

 第1に、日本以外の先進国大企業が個別に脅されて虎の子の技術を召し上げられたという話は聞かないが、いまや中国の地方でさえ日本企業に最新の工場を要求する。

 第2に、新日鐵の前例を知るJR東海は新幹線技術を中国に売らなかったのに、兄弟会社のJR東日本が乗っかってしまい、いまになって臍(ほぞ)を噛んでいる。
 中国企業はすぐに自前の技術だとうそぶいて輸出に乗り出し、アメリカにまで高速鉄道を安く売り込み始めた。日本の優位性はほとんど知られていない。

 第3に、米国政府は中国政府系の企業による米IT企業買収や米製鉄所への出資を拒否しているが、日本政府は中国企業が日本の優秀な金型工場を買収するのを傍観した。

 第4に、こうした中国の強権的な技術召し上げ戦略がインド、ブラジルなどの新興工業国に伝染し始めた。「中国のやり方が通用するならオイラだって、、」と気づくのは当然だ。

 第5に、ITの最先端競争は宇宙航空と兵器の分野に凝縮される。中国の弱みはそこにある。自前の技術はほとんどなく、ミサイルや原潜、空母、自称ステルス戦闘機などすべての技術が旧ソ連の米国より劣った技術を下敷きにしている。
 
 以上のような認識を持てば、日本が国として何をすべきかが自ずから浮かび上がってくるはずだ。政府として、また経団連や各業界でどういう法規制や行動基準を策定したらいいのか、早急に検討して手を打つ必要があろう。

 いま改めて「鉄は国家なり」の教訓を噛みしめたい。
(おおいそ・まさよし 2011/02/27)

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