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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.146
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成23年6月28日

         総理に読ませたくない亡国解散シナリオ

 菅直人首相が一発逆転の衆院解散で生き残りを図るのではないかという噂が飛び交っている。
 あり得ない話ではない。連立相手の亀井静香・国民新党代表が小泉純一郎首相(当時)の「郵政選挙」大勝を例にとって、「脱原発」をシングル・イシューに掲げて大勝負に出るよう進言しているからだ。

 菅総理にしてみれば、今月12・13日に行われたイタリアの国民投票で、なんと94%強が脱原発を支持したこと(原発再開発計画にノー)が、天の助けのように脳に響いたに違いない。

 しかし、菅氏はすでに「自分の決断」で浜岡原発を運転停止させ、首都圏の電力不足を中部・関西の中核工業地帯に玉突き拡大させている。

 それこそシングル・イシューのパフォーマンスを狙って一時的には成功したが、全国の原発地元の心配を煽ってしまい、点検済み原子炉の再稼働が認められないままとなった。来年春までに新たに定期点検に入る炉も加わって、全原発が停止に追い込まれるかもしれないという危機を招いている。

 菅総理はこれが政権最大の失政であることに気がついていない。その上に脱原発を掲げて解散・総選挙に打って出たとしたら、この日本国を亡国に導く決定打となる恐れが強い。

 我が国には独特の反核世論が存在するため、独伊などの脱原発決定を金科玉条のごとくもてはやす傾向にある。しかし客観的に見ると、それら欧州諸国の決定は日本にとっては反面教師のようなもので、決して手本にはならないのである。

 具体的に示そう。チェルノブイリ原発事故(1986年)のあと、イタリアは翌87年の国民投票で3年後の全面停止を決め、その通りに実行した。
 ドイツは遅れて2002年に、20年後までに段階的に廃止すると決定した。

 ところが、米国に誕生したオバマ政権が原発新規建設に大転換し、いわゆる原発ルネサンスが始まると両国ともあっさり脱原発政策を覆したのである。

 イタリアはベルルスコーニ現政権が2008年に原発再開発計画を発表し、ドイツも2010年9月、メルケル現政権が2022年までに全廃する従来計画を最長14年延長する方針に切り替えた。

 つまり両国とも、身近で原発事故が起きると世論が圧倒的多数で脱原発を要求し、政府は従わざるを得ない。しかしほとぼりが冷めるのを待って政府は方針逆転を図り、世論を誘導するというサイクルがハッキリ読み取れる。

 こんども福島大事故の惨事をテレビで見て、独伊両国の世論は極端に動き、政府の方針を逆転させた。石原伸晃・自民党幹事長が「集団ヒステリー」と評したのは正しい。

 しかし、両国の事情はもっと精査する必要がある。原子炉の基数を見ても、イタリアは4基(停止中)、ドイツも17基と少なく(仏・日は50数基)、もともと必要な電力は隣国から送電線で買うことができる。輸入電力が原発由来であってもそれは無視する。

 早くに原発を止めたイタリアでは電気料金が相対的に高くなったため、教訓を得たドイツは10年以上かけて段階的に停止すると決めている。その間に「ほとぼりが冷める」可能性があると踏んでいるとも言える。

 このように逆転、再逆転、再々逆転があり得る西欧諸国に比べ、日本はどれだけ僅差であってもいったん投票で脱原発を決めてしまえば、もう政府による方針逆転はほとんど不可能になるだろう。
 それは占領下の日本国憲法が一語も修正されないまま今日に至っていることを考えれば、誰にも納得がいくはずだ。

 菅総理が今すぐやるべきことは総選挙ではなく、経済界に対して日本は絶対に電力不足にならないと安心させることである。すでに製造業はみな海外移転を真剣に検討している。自然エネルギー買い取りではこの緊急課題に役立たない。

 ドイツ政府を始め世界の指導者は、原発大事故を起こした日本がなぜ残りの全原発のストレス・テスト(耐性検査)を直ちに実施しないのか、不思議に思っていることだろう。

 ドイツは直ちに独自の安全点検に乗りだし、5月17日、地震や洪水のリスクのみでなく、旧式7基のうち4基は小型飛行機の墜落リスクにも耐えられないといった結果を公表した。

 絶対安全という神話を創ってきたのは歴代政権の累積であって、菅内閣の単独責任ではない。しかし個別の原発と原子炉の安全度を評価し、それを数値化して地元に提示する責任は現政権にある。
 その数値があれば各電力会社と地元が、個別に存廃と更新(新増設)を話し合うことが可能になるはずだ。

 そういう重要なプロセスを菅総理が全く無視し、言及すらしないのはなぜか?

 答の1つは、「心の奥底に秘めた脱原発解散と矛盾するからではないか」。

 まさかと思いたいが、元来ポピュリストのご本人も民主党の基本思想も「反米、反核、反基地、反自衛隊」で共通している。
 前首相と同じく、原発も「できれば国外へ」が本音であっても不思議ではない。(おおいそ・まさよし 2011/06/28) 


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