title.jpg
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.154
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成24年2月24日

           軍事を悪と見る日本の幼児性

 日本を代表する核物理学者の有馬朗人氏(元東大学長のち文相兼科技庁長官)が読売紙上で、「もし、原子力開発が軍事でなく平和利用から始まっていたら、抵抗感が少なく、もっと安全確保や最終処分の研究も進んでいただろう」と語っている(2/10付)。

 残念ながら、文化勲章まで受けた日本最高の理系学者ですら、「人類の今日あるは軍事が先導した結果」であることに気がついていないらしい。

 現在の工業文明と高度情報社会の始まりは、蒸気機関による産業革命ではなく、約2百年前のアメリカにおける「均質部品の大量生産」にさかのぼる。

 18世紀末、独立を達成したばかりのアメリカ合衆国は、早急に国防産業を興し、英国のリベンジ戦争に備えて防衛体制を整える必要に迫られていた。
 そこで連邦政府は発明起業家イーライ・ホイットニーに軍用銃の大量生産を依頼し、それに応えてホイットニーは、同一部品を機械で大量に作り出す方式を編み出した。それまでの銃は職人の手作りで、部品の互換性はほとんどなかったのである。

 後に有名なサミュエル・コルトが輪胴式の連発ピストルを考案し、加えてホイットニーの均質部品製造と組立て行程を「流れ作業」方式に発展させた。これがちょうど南北戦争に間に合ったため大成功を納め、コルトの技術革新は急速に他の工業分野にも波及していくことになった。

 そのなかで歴史的に最もよく知られているのが、ヘンリー・フォードの大衆車「T型」の登場である。ヘンリーはコルトの人的流れ作業をベルトコンベアーに発展させ、製造のスピードを革命的に速くすることによって、製品価格を劇的に下げてみせたのである。

 20世紀は自動車から始まり、航空機、ミサイル、宇宙開発に至るまで広範な技術進歩を繰り広げたが、それらはすべて武器需要から生まれた互換部品システムに始まっているのである。

 考えてみればそれ以前も、原始人の石投げから始まって弓矢の発明、火薬に丸玉の先込め銃、元込め銃、弾薬一体のライフル銃と進化し、コルトの連発銃に結びついている。
 現代の工業文明はどこまでさかのぼっても、軍事目的が先導して人類を進化させていることは間違いない。良い悪いの話ではなく事実を知ることが必要である。

 原子力開発も同じで、人類はまず軍事目的で開発し、その成功を見るとすぐ他の目的に発展させようとした。それが発電と動力である。
 日本人の盲点が、ここにある。

 アメリカはスリーマイル島事故(1979年)の後、今日まで30年以上原発の新設をストップしてきたとよく言われるが、何のことはない、その間もせっせと原子力艦を年2隻以上のペースで建造し続けてきた。

 新規建造の潜水艦数十隻と空母(原子炉2基)のために製造された原子炉の総数は、おそらく百基前後に上ると推定される。陸上の既設原発とほぼ同数かそれ以上になるのではないかと思われる。

 この事実は、原子力(=核エネルギー)の将来は発電よりも動力にあるということを示唆しているのかもしれない。発電オンリーより動力のほうが技術的に上だからだ。

 現にP5(国連安保理常任理事国)は核兵器と共に原潜を保有している。空母を廃止してでも原潜は追求する。中国はまだ自前の技術を確立していない。
 日本は核兵器と一緒に動力路線を完全に捨ててしまったので、中国はおろかインドにも追い抜かれることは確実だ。インドはつい最近、ロシアから2隻目の原潜をリース取得した。

 過激な反核反原発イデオロギーの人たちは30万年後の廃棄物を問題視するが、連発(自動)銃が世界でどれだけの犠牲者を出し続けているか、また自動車が世界で年間百万人以上(日本で5千人規模)を死なせている事実を、なぜ問題にしないのだろうか?

 またそういう平和愛好家は、自分たちの活動にインターネットもカーナビ(GPS)も利用しないのだろうか。
 前者はアメリカの軍事通信システムから発展したもの。後者は最新鋭の米軍事衛星システムを部分的に無料で使わせてもらっているものだ。これは世界でも日本でも常識である。(おおいそ・まさよし 2012/02/24)


コラム一覧に戻る