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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.161
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成24年8月28日

         日韓条約破棄が狙いか李明博大統領

 8月10日の竹島不法上陸と4日後の天皇侮辱発言は、李大統領が周到に準備した策略だったのではないだろうか。
 突然発狂したのでないという前提で考えれば、そういう可能性を否定できないのである。

 野田首相はそれに気がついたため、あわてて竹島と尖閣に強い態度を示し、緊急記者会見まで開いた。これで本当の爆弾である天皇侮辱発言から、国民の関心が逸らされた。
 それほど李明博大統領の発言はひどい内容だったようだ。

 李大統領の発言は教員大学校を訪問して関係者と公開懇談したもので、大統領府から公式発言として配信された。

 日本の報道では陛下に配慮してかなりカットや改ざんをしているが、実際には重大な問題を4つも含んでいる。
 
 第1は、天皇を「日王」と呼んでいることだ。これは欧米語の「ジャップ」、中国語の「小日本」と同じ侮蔑語の定番で、韓国メディアは平気で使っている。日本人一般に対しては「倭奴」(こびとの奴隷)という蔑称がある。

 しかし元首であり君主である天皇を、大統領が自ら「日王」とさげすむのはどういう神経か。戦時中の英米でさえ、こうした蔑称を使うことはなかった。だいたい自分の信任状を持って大使が日本に赴任し、それを天皇陛下に奉呈しているのだから矛盾もはなはだしい。

 第2に、「訪韓したがっているが、、」という文言はすぐに「訪韓したいなら、、」と訂正されたが、どういう言い方をしようが、自分が天皇陛下と会見した際に招請したことである。それを逆にして、いかにも自分が上で、天皇が下という関係に見せようとしていることが分かる。

 野田政権は、この問題のみを拡大して「事実誤認だ、天皇訪韓を両国間で検討したことはない」として、大統領の謝罪と発言撤回を要求している。
 なぜかというと、次の3番目の問題があまりにもひどいからだ。

 それは、「心から謝罪するなら来てもいい」という意味の表現が、実際にはどう言ったのかということである。これは後に日本の報道が意訳したものらしい。

 韓国政府の公式HP記録では当初、「土下座」を意味する表現になっていたようだ。これは日本とは意味が違っていて、古い朝鮮王朝で政治犯などの重罪犯が後ろ手に縛り上げられ、膝も縛られて引き据えられ、後ろから蹴飛ばされて額を地面に打ち付けることを意味するという。

 さすがに韓国の官僚も、この表現が使われたことに戦慄したに違いない。大統領の発言をどんどん改ざんしたようだ。
 オリジナルの発言が天皇を韓国の政治犯、重罪犯とみなし、それを受け入れて謝罪せよと要求したのだとしたら、「広義の宣戦布告」(相手に宣戦させる手法)と受け止められても仕方がない。

 当然、野田内閣がこれをいちばん重視して、この点から注目をそらすことに注力しているのも十分理解できよう。

 さらに4番目の問題であるが、「言葉ひとつを言いに来るなら来なくていい」という意味のことを発言した。それを韓国の官僚か日本の報道で、4代前の盧泰愚大統領が国賓として来日した際(1990年)、宮中晩餐会で今上陛下が「痛惜の念」と述べたことを指していると解説を加えたようだ。

 これもオリジナル発言は、「言葉だけではオレには通じないぞ」ということで、過去の大統領たちの実績や外交努力を全否定して、いわばちゃぶ台返しをやって見せたわけである。

 これで、なぜ発狂したのではないと言えるのかといえば、何ごとも相手の立場に立って考えてみると、それなりに理解できることがある。

 李大統領は昨年12月の京都首脳会談で、時間のほとんどを慰安婦問題に使い、野田首相を責め立てた。

 それは異様であったが、3ヵ月前に韓国の憲法裁判所が「慰安婦の賠償請求権問題で具体的解決のために努力しないのは憲法違反」という判断を下している。

 憲法裁までが国際的に決着したことを平気で蒸し返すという国柄だ。日本としては呆れ返るしかないが、大統領としてはこのまま違憲の大統領として退任すると歴史に悪名を残すことになる。
 それどころか、この違憲を口実にして、退任後に告訴され罪に問われる可能性がある。

 しかし日本は日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決済み」として相手にしない。
 それならば、その条約自体を破棄してしまえばいいのでは、と実務家(企業経営者)出身の大統領は当然考える。

 決して新奇な着想ではない。基本条約は元日本軍将校で軍人独裁政権を確立した朴正煕大統領が締結したことから、韓国民の間には相当の反感と無効論が底流として存在する。

 さらに近年、一部に1910年の日韓併合すら不法で無効だとする主張が強くなってきた。「1965年の基本条約を破棄しても失うものはない。日本から取るものは全部取って経済大国になった。日本は何も対抗手段を持っていないだろう。」

 「それなら日本を最大限に挑発して強い反発を起こさせ、それを理由に基本条約破棄を宣言するのがいい。責任はすべて日本にある」。李大統領は、狂気でなく理性的に、そう考えたのではないか。

 今のところ、日本は投げ込まれた爆弾を見ないふりすることで先送りしている状態だ。しかし任期満了まで半年を切った李大統領が、次の爆弾を用意していることは間違いない。

 日本にとっては他人事に見えるが、退任後に逮捕、投獄、死刑判決、自殺に追い込まれるのが通例の韓国大統領にとっては、死に物狂いの生存戦争を仕掛けるしかないのである。

 そういう意味では狂ったと言ってもいい。日本は8月攻勢を尖閣騒動のお陰でほとんど無意識に乗り切ったが、まだ9月も10月も、、と覚悟して外交防戦を準備しなければならない。
 死に物狂いは怖いのだ。(おおいそ・まさよし 2012/08/28) 


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