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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.172
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成25年7月23日

           抗議させていただく日本?

 おかしな日本語にイライラする国民が増えている。新聞の4コマ漫画でも、「よろしかったでしょうか?」にイラつくシニアが描かれていた。

 言葉は変遷するもので、特に日本語はまだ発展途上言語だという説もある。弁護は可能だが、どう見ても好ましくない新語、新用語、新用法は、むしろ常識問題ではないかと思われる。

 ここでは政治家を槍玉に挙げよう。岸田文雄外相は今月、来日した韓国の第一外務次官と会談した後、記者団に対し、「、、、と申し上げさしていただいた」と述べた。

 これでは、日本の大臣が韓国の次官より格下だと認識していることになる。「申し上げる」「させていただく」と、二重にへりくだっていることに気がついていないらしい。

 かつて田中真紀子外相が米国務副長官の来訪に際し、「格下には会わない」と駄々をこねたことがあった。これも逆の非常識で、大臣が格下の副長官や次官に会うのは珍しいことではない。
 相手はそれなりに立場を心得て行動し、言葉遣いも丁寧になる。格上もそれなりに悠然と、決して威張らずに、相手のメンツを立てて会談を成功と感じさせるように持っていく。

 それが外交であり、政治の要諦というものだろう。

 政治家が「申し上げ」を乱用するようになったのは、森喜朗首相あたりからのように記憶している。誰に対しても「申し上げた」を使うので、総理大臣が「申し上げ」る相手は、日本では皇族しかいないはずなのにと思ったものだ。

 「させていただく」という用法はもっと前から聞いていたが、耳障りなほどの乱用頻用は鳩山由紀夫首相からではないかと思う。

 尖閣沖の中国漁船体当たり事件のとき、「抗議させていただいた」という民主党政権に、「抗議はさせていただくものではない」と噛みついた識者もいた。鳩菅ドジョウ政権は、この言い回しを多用して終わったと言える。

 もうひとつ、参議院選挙で東京トップ当選の丸川珠代候補が、「安倍総理を全力でお支えして参ります」と叫んでいた。
 第三者に対しては、身内や上司に敬語や謙譲語を用いないのが日本の常識だ。「お支え」「参ります」と平気で「お訴え」しているのが元アナウンサーだとは信じがたい。

 ちなみに、韓国ではこれが正反対で、丸川流に「社長様がお出でになります」と来客に言うのが常識らしい。

 さらにもうひとつ、「この国」というのは左翼用語で、これを多用して広めたのは、平成元年から約18年続いたTBS系「NEWS23」の筑紫哲也キャスターである。
 「にほん、にっぽん」から距離を置きたい人々が好んで使う用語だったが、ついには政治家もメディアも普通に使うまでになった。

 驚いたのは、ヨットで遭難し自衛隊機に救助された辛坊治郎キャスターが、涙ながらに「この国に生まれてよかった」と語ったことである。
 なぜ自然に「にほんに生まれて、、」と言葉が出てこないのだろうか。救助隊員も複雑な気分になったのではないだろうか。

 保守の論客である櫻井よしこ女史まで、選挙特番で「この国」と言っていた。恐るべき伝搬力である。

 口直しに、英国のエピソードをひとつ。
 まだ英仏海峡にフェリーしかなかった時代。暴風でフェリーが何日も欠航した。フランスのニュースは「暴風で英国が孤立した」と報じた。
 英BBC放送はすかさず、「暴風で欧州大陸は英国から孤立」と報じた。

 わが国の公共放送は、「日本が孤立」「中韓が孤立」のどちらをとるだろうか?
 また「日本が右傾化」と非難する韓国に、「韓国が左傾化」と切り返すだろうか?

(おおいそ・まさよし 2013/07/23)


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