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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.174
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成25年9月26日

            求む!国際標準の報道官

 結論から先に言うと、日本の対外広報の弱さは、官房長官の記者会見に原因があると思われる。官房長官個人の問題ではなく、システム上の問題のことである。

 諸外国の政府広報官は、おおむね課長クラスかちょっと上ぐらいの地位である。ホワイトハウスや米国務省の報道官も、中国や韓国の外務省報道官もその程度のポストだ。

 ところが我が日本だけ、内閣官房長官が日に2回も記者会見を行っている。日本では当たり前のようになっているが、官房長官というのは実質的に政権ナンバー2であるから、国際的には極めて特異な報道官兼務ということになる。

 官房長官という職は、今では筆頭閣僚と首席総理補佐官と内閣業務の長を全部兼ねたような要職である。ホワイトハウスを取り仕切る米大統領首席補佐官は、絶大な権力を握っているが閣僚ではない。
 日本の官房長官は、世界でも突出してエライのである。

 そういうエライ官房長官が報道官を兼ねるとなぜ具合が悪いのか、2つに分けて考えてみよう。
 まず第1に、立場が立場だから、決定的なことを言えない。自ずから当たり障りのない表現に終始することになる。「遺憾であります」とか「日本の主張を伝えてあります」という言い方が多く、「抗議します」とすら言えない。

 何か問題に直接答えると、後で国会で追求されるかもしれないので、いつも用心して核心をはぐらかす。つまり閣僚としての立場が国益を損なうという奇妙な事態になっている。

 その好例が国連事務総長の反日発言の際にも見られた。

 8月26日、潘基文(パン・ギムン)事務総長は古巣の韓国外務省を訪れた際、記者会見で「日本政府と政治指導者は自らを深く顧みて、国際的な未来を見通すビジョンを持つことが必要だ」と述べ、日本政府に注文を付けた。

 韓国語で韓国政府の対日攻撃の決まり文句をそのまま繰り返したわけで、これは事務総長として考えられない非常識である。と同時に、国連憲章第100条(職員の中立・公平性)に違反する行為であった。

 この発言に対し、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は、「わが国の立場を認識した上でのものかどうか非常に疑問に感じている」とやんわり批判したあと、例の如く「真意を確認した上で、引き続き日本の立場を国連などで説明していきたい」と具体性のないコメントを述べた。

 2日後、潘事務総長は欧州で、「日本の誤解だ。日本だけを対象にしたのではない」と見え透いた釈明をした。日本政府は「真意が分かった」として、それ以上の追求をしないとした。

 しかし、9月に訪米した公明党の山口代表が国連を訪れ、事務総長に改めて「発言の真意を理解した」と言及(ごますり?)したところ、返事がなかったという。つまり与党党首の発言を無視したわけで、日本をいかに軽んじているか、この経緯がすべてを物語っていると言えよう。

 もし日本側に適切な広報システムがあったとしたら、どうすべきだっただろうか。

 まず国際標準の課長クラスの報道官が「国連憲章の中立義務違反の疑いが濃厚だ。全加盟国に事実を通告して懲罰に進むかどうか議論してもらう」と発言し、政府は直ちにその準備に入る。
 その上で、事務総長本人から釈明を聞き、納得できれば必ず文書で謝罪と反省の意を表明させる。
 そこで初めて官房長官が談話を発表し、「これで手打ち」と宣言する。
 
 こういう手続きを踏めば、事務総長も日本を軽んじたら損だと分かるはずだ。現行のシステムが適切でないため、正反対の結果になってしまったわけである。

 エライ官房長官が報道官であることの2番目の不都合は、その発言を誰も乗り越えることが出来ないという事実にある。

 各省庁には報道担当者が必ず置かれていて、外務省には局長級と課長級の広報官がいるが、はるか格上の官房長官をさしおいて、独自の見解やレベルが上の抗議を発言しようとはしない。つまり官房長官の記者会見内容が、当局者の発言できる上限ということになる。

 そのため、外務省や防衛省を始め、各省庁の報道官発言はほとんど報道されない。

 これら2つの不都合の結果、特に中韓両国の報道官による、日常の居丈高な日本攻撃に対し、日本側は格がまるで違うエライ官房長官がボソボソと言い訳するという図式が出来上がってしまった。

 日本で国際標準の報道官が機能していれば、中国の対日攻撃は3年前の中国漁船体当たり事件から始まったのであり、韓国の急激な対日攻撃は、昨年8月、任期末で追い詰められた前大統領の竹島上陸と天皇侮辱発言から盛り上がった、ということを絶えず言い続けることができる。

 官房長官の記者会見ではそう言わないので、日本国民でさえ、こういう因果関係をもう忘れ始めている。そればかりか、米国の要人、有識者は必ずといっていいほど「中国を刺激するな、韓国と仲良く」というような注文を付けるようになった。

 まるで日本のほうに責任があるような認識が広まっている証拠である。自民党の中からも、「韓国、中国に対するスピーチを練習したらどうか」と、安倍総理を公然と揶揄するトンデモ幹部が出てくる始末だ(二階総務会長代行、9/11)。

 国際情報戦に負けつつあるという警告は、もう何年も前から、当コラムを含めて多方面から発せられてきた。その負けいくさの原因の1つが官房長官の記者会見システムだということに、ご本人や安倍総理は気づいているだろうか。
(おおいそ・まさよし 2013/09/26)
 

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