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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.176
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成25年11月23日

        キャロライン大統領候補を預けられた安倍総理

 日本には「大化けする」という表現がある。英語にあるかどうか不明だが、オバマ大統領は自分の後継者候補にキャロライン・ケネディ弁護士を考えたに違いない。(以下敬称略)

 駐日大使の経験だけでも大統領候補としては十分である。オバマ自身も連邦上院議員候補の時に演説上手で脚光を浴び、その4年後には大統領に当選した。キャロラインの祖父ジョセフは駐英大使を踏み台にして、F.D.ルーズベルト大統領の後釜を狙ったことはよく知られている。

 事実を踏まえて分析し、オバマが何を考えてキャロラインを日本に送り込んだのかを正確に読み取らなければならない。そうしないと日本の外交を根本的に誤ってしまうだろう。

 だいたいオバマは日本に冷たく、関心が薄いという事実がある。4年前の就任当初、重要演説のすべてで日本という単語がなく、逆に「ハイブリッド車に韓国の電池」と特定して日本の関係者を驚かせた。この分野の本家本元が日本だということを知らなかったらしい。

 その後も韓国には好意的で、李明博大統領の訪米時には、ホワイトハウスを出て韓国料理店で歓待したし、今年5月の朴クネ新大統領の訪米では、からだをすり寄せんばかりの歓迎ぶりを示した。

 残念ながら、鳩山トラストミー首相から安倍現首相に至るまで、日本の総理大臣にはそのような好意を全く見せていない。

 次に知るべき事実は、キャロラインも日本に関心がなかったことである。20歳のとき父ジョンの末弟エドワード上院議員に同行して来日し、数年後に新婚旅行途中に立ち寄ったとされているが、逆に言えば、その後30年近くも来日していないことが分かる。

 これでは親日とも知日とも言えない。むしろ、日本に好意を抱かなかったという証左になるだろう。この空白の間、米国で日米交流に関与したという話は全く聞かれない。

 さあ、事実がそうであるなら、オバマは、特に日本でミーハー的なケネディ人気が高い、ということなど全く知らなかったに違いない。それなら、なぜ日本に彼女を送ろうと考えたのだろうか。

 ここが一番重要なことだが、実は消去法で日本しかなかったのである。

 大統領が選挙の論功行賞でセレブを大使に任命する場合、歴史的に英仏がAクラスで、その次に日本とカナダあたりが候補となる。

 今回、ケネディ家の特殊事情で英国とカナダは初めからNGとなるので、そこの理解が必要だ。
 英国は祖父ジョセフが大使となって野望を燃やしたが、ナチスとの協調を主張して失脚したという因縁がある。その跡を子孫が辿るわけにはいかない。鬼門中の鬼門ということだ。

 カナダはジョセフが禁酒法時代(1920〜33)に莫大な財産を築いた過去に繋がっている。密売ウィスキーの供給元はカナダで(これは合法)、それを輸入し国内で密かに売る(非合法)という関係にあった。
 この時代の背景は映画の題材でもあり、ケビン・コスナー主演の「アンタッチャブル」や、レオ・ディカプリオがフーバーFBI長官を演じた「J・エドガー」など枚挙にいとまがない。

 酒の密売には、裏で非合法組織との協力が必要不可欠となる。ケネディ家と裏社会との繋がりをFBI(連邦捜査局)は監視し続け、ジョン、ロバート兄弟の女性関係まで克明に調べ上げていたと言われる。
 ジョン大統領は35歳の単なる弁護士ロバートを司法長官にして、裏社会と捜査側の両方からファミリーを守ろうとした。

 もしキャロラインがカナダ大使になれば、ケネディ家の旧悪が格好のネタとなり、カナダのウィスキー財閥も醜聞に巻き込まれ、両国の関係にまで悪影響が及ぶことは避けられないだろう。

 それならフランスはどうか。キャロラインの母ジャクリーンはフランス系だったし、過去に名門財閥ハリマン家の女性が大使に任命されたこともある。セレブ女性向きのポストだ。
 しかし近年は、フランスがEUの指導国として、ことあるごとにアメリカに楯突くようになり、外交のシロウトが大使を務めるのが難しくなってきた。

 そこで、日本しか残らなかったと言えるのである。

 事実を積み上げて分析すると、オバマの真意は「キャロラインを預けるから、決してキズを付けるなよ」ということであろう。

 その意志を裏付ける事実もある。10月3日、来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、ふたり揃って千鳥ヶ淵の「戦没者墓苑」を訪れ献花、黙祷したことである。
 全く異例のことであり、政府首脳や外務省は愕然としたらしい。

 上の分析を延長すれば、オバマは安倍首相に対し、暗黙の内に「靖国神社を認めない」と通告したのである。
 首相はかねてから、「アーリントン国立墓地も南北戦争の犠牲者を敵味方の区別なく埋葬しているではないか」と、靖国の位置づけを試みてきた。

 オバマは「とんでもない」と反応した。アーリントン墓地の目玉はケネディ大統領夫妻の墓と燃え続ける「永遠の火」で、その隣には弟ロバート夫妻の墓もある。
 安倍が首相として参拝すれば、キャロライン大使もお返しに靖国神社に参らないといけないことになる。そういう事態になるのを阻止しようと考えたに違いない。

 安倍総理が10月の例大祭にも参拝しなかったのは、オバマの強い意向を正確に受け止めたからと言えよう。決して中韓の脅しに屈したわけではない。

 しかし、そうはいっても、これで少なくともキャロライン大使を「お預かり」している間は、靖国参拝はできないということになってしまった。

 来年の中間選挙と、その2年後の大統領選挙までに、キャロラインが上院選に出るとか、選挙なしに副大統領に指名されるという可能性もなくはない。

 現在55歳というのは遅咲きだが非常に都合がいい。国民に人気の高いヒラリー・クリントンは10歳年上なので、当選したとしても大統領就任時に69歳になるのがネックだ。
 現職オバマは当然、野党の共和党に政権を渡したくない。自分の政治を受け継いでくれる可能性の高い候補を、いまから育てようと動くのは誰にでも理解できる。

 したがって日本としては、オバマの思惑に協力しながら、それを逆手にとる形で日本の国益に協力してもらう。同盟国であっても、そういう駆け引きは外交の基本だ。

 たとえば、尖閣諸島の「領土主権」が日本にあることを認めるとか、「韓国の存在は日米同盟が支えている」と明言するとか、日本に協力して損のないことは積極的に行動するよう要請すべきだろう。
 中華思想(華夷秩序)に韓国が同調した現状を、オバマに理解させることがなにより重要だ。

 キャロラインが大使として議会で承認されたことは、ケネディ家の過去がすべて清算されたということでもある。日本がうまくケネディ家の代表をもてなし、米国に人脈の資産を築くことも必要である。
 戦後数十年の間、日本はロックフェラー家の好意に助けられたが、いまはどうだろうか。
 クルマのセレブであるフォード家は、逆に日本を敵視して、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉でも陰で日本を叩き続けている。

 安倍総理と麻生副総理は、そろって日本の政治セレブであり、米国のカウンターパートと比べても格上の存在と言える。問題は、そういう自覚があるかどうかということであろう。
(おおいそ・まさよし 2013/11/23)


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