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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.186
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成26年9月29日

         日本の英文誌で日本人が中国代弁

 英語を始めとする日本の対外発信力が弱すぎるという批判が高まる中で、全くその逆の現象が起きてしまった。

 我が国最大級の研究者団体である「日本国際政治学会」が、世界に向けた英文ジャーナルの最新号に、尖閣諸島を巡る中国の主張を、そっくり代弁する論文を掲載したのである(IRAP 2014 No.3)。

 その文章はいわゆる「書評論文」の扱いで、執筆者は東京圏の某私立大学に勤務する日本人研究者である。
 異例なことに、まず諸島の名称を尖閣でなく、中国名の「Diaoyu Islands」に統一すると宣言して書き始めている。

 領土関係では呼び名で立場が分かるのが常識だ。竹島と「独島」、「フォークランド」と「マルビナス」のように、領土主権を主張するのに相手国が使う名称は決して使わない。

 米国務省の定例会見で、中国人記者が意地悪く「米政府はどっちの名で呼んでいるのか?」と尋ねたことがある。返事は「Senkaku Islands」と明確だった。

 実は米国は世界中の領土紛争に関し、立場を取らない「中立」を貫いている。オバマ大統領も、尖閣諸島が日米安保条約の対象であるのは、日本が実効支配し、行政管理しているからだという建前を崩さない。
 それでも、どちらの呼び名を採用するかで、間接的に立場を表明しているのである。
 
 中国人記者の質問は、オウンゴールになってしまった。ちなみに国務省では、いわゆる慰安婦を直訳の「Comfort Women」で通していて、外国メディアが使いたがる「性奴隷」を否定している。

 つまり、問題の論文の執筆者は、正面から米国政府の認識を否定した上で、そもそも沖縄を日本に返還したのはアメリカの間違いだった、と主張する。
 中国政府が小躍りするような内容であることは一目瞭然だ。それが英文で、権威ある日本発の国際政治専門誌によって、世界に発信されたわけである。

 おまけに、「琉球」を普通の日本人ならローマ字で「Ryukyu」と書くが、それを「Liuqiu Islands」と表記している。奇妙というか、本当に日本人が書いたのだろうかと疑念を覚えるほどだ。

 学術専門誌だから何を掲載してもいい、というものではないだろう。編集長の見識と責任が問われる事案だが、この件には、付録のようで、かつ重要な問題が垣間見える。

 それは執筆者が所属する大学に、10年前から「孔子学院」が設置されている事実である。
 孔子学院は2004年に中国政府の直轄機関として本部が創設され、以来、急ピッチで世界の教育機関に開設を進め、今では115ヵ国以上の大学4百数十校に設置されたという。

 日本では大学13校と分室を含め、全国に約20校が散在しているが、中国語や中国文化の普及促進という表向きの看板とは違い、裏の顔は情報工作機関ではないかという警戒感が広まっている。

 すでにアメリカでは、大学教授協会が「学問の自由を侵害」と批判する声明を発表し、名門シカゴ大学は今月、孔子学院との契約打ち切りを発表した。カナダでも孔子学院を閉鎖する大学が出ている。

 今年7月には、ポルトガルで開かれた欧州中国学会総会で、孔子学院本部から来たトップが、学会パンフレットから台湾の記述を排除するよう要求してトラブルになった。

 日本の大学は海外の大学と比べても、格段に中国依存が進んでいるため、中国絡みの研究や講義内容が歪められている可能性が高い。暗黙の自主規制、過度の配慮が進むと、大学全体が中国の意向に従う機関になってしまう。

 昨年10月の当コラムでは、中国人教員の多さと、中国人留学生が9万人に迫る現状に警告を発した。彼らはすべて、中国政府機関に手綱を握られているのである。
  
 代々木ゼミナールだけでなく、私立大学は約半数が定員割れに苦しんでいるのが現状だ。いずれ地方の公立大学も、そうなると予測されている。
 当面の経営難を回避しようとすれば、中国人留学生を増やさざるを得ないのである。

 どんな無名大学でも、中国の名もない大学と提携協定を結び、単位互換や留学生交換をしていることを宣伝する。生き残りのためには仕方ないが、主導権は中国側に握られる。
 中国側が「孔子学院を設置し、資金の面倒もみましょう」と持ちかければ、拒否できる私学経営者はまれだろう。

 このトレンドに歯止めをかけることは難しい。ことは国家安全保障に関わる問題なので、文部科学省ではなく、新設の国家安全保障会議とその事務局が扱うべき難問ではないだろうか。(おおいそ・まさよし 2014/09/29)


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