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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.191
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年2月26日

          アベ包囲網を招いた外交無反省

 安倍晋三首相は2月12日の施政方針演説で、「戦後以来の大改革」「農政改革」など、「改革」を36回、列挙して話題となった。
 その意欲は分かるが、いちばん肝心な「外交の改革」に触れていないのは、どうにも解せない。

 戦後70年にして、日本の外交が失敗続きであることは、ほとんどの国民にも理解されつつある。今夏に予定されている安倍談話に、同盟国のアメリカが、中国、韓国とほとんど同じ牽制と圧力をかけていることが、その失敗がいかに大きなものかを物語っている。

 外務省や外交官個人の能力に、すべての責任を負わせることはできないが、今日の外交敗北の遠因を探ると、1941年12月、日米開戦の通告を指定時刻に米政府に手渡すことができなかった時点に遡るべきだろう。

 これでルーズベルト大統領は、米国民に対して「卑劣な奇襲を忘れるな」と刷り込むことに成功した。もし、駐米日本大使館がハワイ奇襲までに開戦通告を果たしていたならば、その後の戦況も、戦後の対日関係も大きく変わっていただろう。

 この「卑劣な日本人」という刷り込みが、現在の安倍首相に対する「歴史修正主義者」というレッテル貼りに、ダイレクトに結びついていると考えられる。日米同盟関係の深化を謳いながら、実は東京裁判を否定し、米国製の秩序を覆そうとしているのではないかと、本気で疑っているのである。

 ナイ、アーミテージを始めとする対日専門家(ジャパン・ハンドラー)のほとんどが、突然のように変心し、韓国の代弁者として日本に当たり始めたのは、まさに日本外交の失敗以外の何ものでもない。

 今や知らない日本人も多くなったが、真珠湾攻撃の最中に、まだぽつんぽつんとタイプを打っていた大使館員は、のちに処分されるどころか、2人が外務官僚トップの事務次官に栄進している。反論もあるが責任を取った館員はひとりもいない。

 戦後の外交失敗で最悪なのは、92年2月に中国が領海法を制定し、日本の尖閣諸島を名指しで中国の領土と明記したのに、日本は数ヵ月後に天皇訪中を強行したことである。
 
 これで、日本は暗黙裏に中国領海法を認めたばかりか、歴史上初めて天皇が膝を屈して中国を訪問したと、相手ばかりか客観的にも、判断されてしまう愚を犯してしまった。

 これは小和田事務次官のシゴトだったが、これとセットになるのが、第1次安倍政権の発足直後に、首相が米国を差し置いて、まず中国に飛んでいったことである。

 中国はしめたとばかりに、国家主席ではなく、党内序列4位の温家宝首相が日本に乗り込み、安倍政権への「冊封使」としてふるまって見せた。国家元首なみに国会での演説を要求し、天皇陛下に北京オリンピックに来るようにと直に伝えた。

 こういう反応になるとは、首相も外務省も、夢にも思わなかっただろう。室町時代に幕府トップの足利義満が、明国から「日本国王」に封じられた記録が残っているが、自ら冊封してくれるよう頼みに行った宰相(行政トップ)は、明らかに歴史上初めてである。中国の正史にそう書き込まれるだろう。

 その後、09年に民主党が政権を取ったとき、飛ぶ鳥を落とす勢いの小沢一郎幹事長は、6百数十人の大規模な朝貢団を率いて訪中し、そのうち143人の国会議員がひとりずつ胡錦濤国家主席にツーショット写真をお願いした。

 いま、彼らの多くは落選して行方も分からず、小沢氏の落魄ぶりは言うに及ばない。

 それなのに、自民党の重鎮である二階俊博総務会長は何も学ばず、今月、韓国に1千4百人を連れていき、朴クネ大統領に会って慰安婦問題を持ち出されると、「全くその通りです」と同調した。

 二階総務会長は続けて5月に、こんどは3千人規模の訪中団を計画しているという。

 外務省に有力政治家の国辱外交を止める力はないのかもしれないが、首相を通じて間接的に牽制するぐらいの矜持とテクニックがあってしかるべきだろう。
 
 安倍首相は国会で、米国の公立高校向けの世界史教科書が、慰安婦について書いている嘘八百の内容に、「本当に愕然とした」と述べた。
 しかし、この問題についても、南京事件についても、日本の外交は「反論したら余計刺激になる」という理由で、まともに反論してこなかったのである。

 その結果、米国では議会の決議や議会調査局の公式な文書で、韓国のウソ宣伝がすでに事実として確定してしまっている。安倍総理自身が何を言っても、やっぱり「歴史修正主義者」だという逆の証明に使われてしまうことになる。

 それほどの事態だということに、総理はやっと気づき始めたのかもしれない。

 直近の自称「イスラム国」による日本人拉致殺害も、総理の認識を覚醒させた可能性がある。国会答弁などでは決して認めないが、1月の中東訪問でマズイことをしたという自覚がなかったらおかしい。

 日本人2人が人質になっているから総理の言動に制約がかかるかどうか、ということではない。
 専門家として見る限り、イスラエルの国旗の前で「イスラエルとの友好」を宣言したことと、ナチス犠牲者慰霊のホロコースト記念館で、ユダヤ教の丸い帽子キッパをかぶって礼拝したことの2つが、外交上の大失敗だった。

 これではアラブの側から見れば、穏健派・過激派の区別なく、「日本はイスラエルの側についたな」という印象を受けてしまうだろう。
 それほど、決定的な演出だったと言える。外務省が推奨したのか、はたまた逆に、止めたのに総理が押し切ったのか。

 日本にとって外交上重要なのは、米国を動かすユダヤ系指導層である。必ずしもイスラエルの政治的利害と一致するものではない。
 安倍総理は、やらずもがなの過剰パフォーマンスをやってしまったと後悔しているだろう。

 以上に指摘した失敗は、ほんの一部である。ほかにも多年多額のODAを供与した相手国の大半が、日本の国連常任理事国入りを支持しなかったなど、重要な失敗例があるが、いわゆる総括はおろか反省の弁も聞いたことがない。

 わずかに、本省の訓令に背いてユダヤ人6千人を救った「日本のシンドラー」、杉原千畝氏が戦後55年を経た2000年になって、ようやく「公式」に名誉回復となった例があるのみだ。

 オバマ米政権は、5月訪米を打診していた安倍総理を国賓として招待すると発表した。が、喜んではいられない。並列して中国の習近平国家主席を同じく国賓で、さらに韓国とインドネシアの大統領にも年内の訪米を要請した。

 なんのことはない、これは安倍包囲網の構築と読むべきであろう。米国の立場に立ってみれば、戦後70周年の今年、安倍首相が過去の村山談話・河野談話の枠からはみ出し、中韓との摩擦が熱くなることを、何よりも恐れるのは理解できる。

 したがって5月の日米首脳会談で、がっちりと枠にはめてしまうのが肝心だと考えるだろう。もしここで逸脱すれば、記者会見と議会演説の場で「炎上」させるぞという脅しが効いている。

 さらに加えて、日中を同格に据え、韓国とインドネシアを準地域大国と位置づけることで、日本だけが特別な同盟国なのではない、という意思表示をしているのである。

 つまり、日本国民としては認めたくないが、今や東アジア・太平洋の安定を壊すリスク要因は、中国の習ではなくニッポンのアベだ、という認識がオバマ外交の基本になっているのである。

 農政改革が反省の上に立って断行されるように、外交の大改革も当然、大反省が前提とならなければ始まらない。(おおいそ・まさよし 2015/02/26)


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