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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.192
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年3月27日

          プーチン核恫喝で使える兵器に

 戦後70周年は、同時に核兵器70周年でもある。あまり言及されない事実を思い出させてくれたのは、ロシアのプーチン大統領だった。

 プーチンは、ウクライナのクリミア半島を奪取して1年になる今月15日、記者の質問に答える形で「核戦力を準備態勢におく可能性があった」と認めた。

 微妙な表現で、質問を肯定するだけという間接話法ではあるが、考え抜いた表現で核による威嚇をクチにしたと見るべきだろう。

 日本では核兵器否定が国是のようになっているので、70周年だからといってことさらに、核問題に取り組もうという気運は見られない。
 だからこそ、プーチン発言の歴史的な意味を、日本で改めて真剣に受け止める必要があるのではないだろうか。

 難しい理論は必要ない。70年という歳月は、経験則を引き出すのに十分な歴史事実を提供してくれる。それを素直に並べてみればいいのである。

 まず事実の第1は、70年間に無数と言っていい数の戦争があったが、核保有国同士の全面戦争はなかった。
 唯一の例外になりそうだったキューバ危機(1962年)は土壇場で回避され、かえって核による全面戦争は今後もできないという判断が、世界の常識となった。
 これは学説ではなく、人類の共通認識と言えるだろう。

 米ソの核大国同士だけでなく、インドとパキスタンの間でも、このバランス(相互抑止)が機能していると考えられる。中ソの国境紛争(69年)も小規模で収まった。

 事実の第2は、核保有国と非保有国の間には、戦争がありうるという事実である。並べてみると、、、

 朝鮮戦争で、      米国 Vs. 北朝鮮・中国地上軍
 ベトナム戦争で、    米国 Vs. 北ベトナム(南ゲリラ含む)
 中越戦争で、      中国 Vs. ベトナム
 ソ連のアフガン侵攻で、ソ連 Vs. アフガニスタン
 
 フォークランド戦争で、 英国 Vs. アルゼンチン
 対イラク戦争で、     米国 Vs. イラク

 注目すべきは、上の4つでは核保有の大国のほうが核兵器を使わず(使えず)、結果として敗退していることである。

 下の2例は、負けたアルゼンチンとイラクが、政治的に判断を間違っていて、相手の大国が戦争に出ることはないとタカをくくって、失敗した事例と言っていいだろう。

 つまり、核を持っていても、また明らかな軍事大国であっても、非核の通常戦争では格下の国に負ける例が多いということである。

 事実の第3は、戦後の早い時期に北朝鮮、台湾海峡、ベトナムなどで米国が核の使用検討を迫られた結果、かえって事実上のタブーが生じたことである。
 さすがに広島・長崎の記憶が強すぎて、アジア人のみを大量殺戮するのかという非難を恐れたと考えられる(証拠はない)。

 その限りにおいて、日本特有の反核運動が何らかの役割を果たしたと言えるかもしれない。ただし、日本以外のほとんどの国は、できれば核武装したいと考えているだろう。日本のような核アレルギーはどこにも存在しない。

 さて、このように事実を押さえていくと、「核兵器は使えない兵器」という結論にはならない。特に第3の事実である「また有色人種に使ったなと言われたくないタブー」は、いつまでも存在し続けるという保証はない。

 仮に中国や北朝鮮が東アジアか太平洋地域で核を使用した場合、あるいはロシアが欧州で使用した場合、このタブーは一瞬にして消滅することになる。
 つまり、「使える兵器」に変身するわけである。

 そうなると、70年前とは違って、特に核先進国は、小型核弾頭をピンポイントで命中させることができるので、政治的、軍事的威嚇の目的で使うことが可能だ。
 まず無人島や孤立したレーダー基地などを狙って破壊するとか、予告した上で、原子力発電所を核攻撃することが考えられる。

 プーチン発言の重大さはそこにある。すなわち、「使える核兵器」時代の幕開けを宣言したのかと、戦慄を持って受け取られるべきなのである。

 日本は米国の「核の傘」に依存しながら「核廃絶」を訴え続けて現在に至っているが、実際に、日本に向けて核ミサイルが撃たれる直前に、米軍が発射元(策源)に対して核攻撃するかどうか。イエスと答える専門家はおそらくゼロに近いだろう。

 つまり、「核の傘」というのは、互いに「黙っていような」という虚構のようなものである。米国の核が圧倒的であった時代に作られた虚構が、もはや有効でないことは明らかだろう。

 プーチンが開いたかもしれない核の新時代に、日本はどう対応していくか、早急に議論を深めていく必要がある。(おおいそ・まさよし 2015/03/27)
 

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