title.jpg
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.193
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年4月29日

           吉か凶かヒラリー大統領

 「一強多弱」というと日本の政治状況のようだが、実は米大統領選もそうだと早くも決まってしまった。

 大統領選挙の投票は来年の11月だが、ヒラリー・クリントン前国務長官が立候補を表明して、直ちに遊説を開始した。よーいドン、である。

 で、結果もほとんど決まりという、あまり過去に例を見ない選挙になりそうな状況だ。与党民主党の中でも、野党共和党にも、突出した有力候補がほかに見当たらないのが現状である。

 共和党は2期8年のオバマ民主党政権のあと、歴史の慣行からも政権交代を果たす好機なのだが、潜在的候補者は多くいても、党内分裂が激しくて小粒の団子状態のままだ。

 ヒラリー候補は、大統領夫人8年のあと、上院議員、国務長官(筆頭閣僚)という抜きんでた経歴を持ち、ビル・クリントン政権とオバマ政権から受け継いだ参謀、スタッフ陣、そして有り余るほどの選挙資金を誇っている。

 民主党内であえて挑戦する者が出てこないのも当然と言えるだろう。唯一の弱点と言われるのが年齢で、当選して大統領に就任する時には69歳になっている点だ。

 しかし、これも最近では、高齢だからこそ1期4年しか務めないだろうということで、かえって有利に解釈されるようになってきた。

 つまり、大統領職に野心を燃やす政治家たちにとって、勝負は来年でなく、4年後に延びるということになり、しかもそれは誰にとっても公平な条件設定であるため、今回はヒラリー当選でいいのではないか、という読みである。

 それくらいヒラリー大統領の可能性が高いとすれば、当然、今からそれが世界にとって、アメリカにとって、そして日本にとって、吉なのか凶なのかを考えておかなければならない。

 よく知られているように、米国の大統領は初代ワシントンから歴代、WASP、すなわちホワイトで、アングロサクソン(英国系)、プロテスタント(新教徒)が不文律となってきた。
 男性であることは論を待たなかった。

 その不文律を破ったのは第35代ケネディ大統領で、彼はアイルランド系でカトリック教徒という二重の異端(少数派)だった。さらに48年後、第44代で初めて、黒人のオバマ大統領が誕生した。
 
 オバマは自ら「黒人」の代表を名乗ったが、実際はケニア人留学生と白人女性のハーフであって、米国土着の黒人、すなわち奴隷の子孫とは全く異なる出自である。
 さらにハワイ生まれで幼少期をインドネシアで過ごし、弁護士活動や政治的基盤はシカゴの人権運動にある。これはケネディをもしのぐ異端の極みといえる経歴だ。

 注目されるのは、2人の異端大統領の時代に、アメリカと世界はとんでもない災厄に見舞われたという事実である。

 ケネディ大統領は1961年1月の就任直後、中央情報局(CIA)が訓練した亡命キューバ人による反カストロ戦争(ピッグス湾事件)を失敗させ、大恥をかいてしまった。
 同年6月、初めて首脳会談を行ったソ連のフルシチョフ首相は、「こんな大統領をもって米国民は気の毒だ」と側近に漏らしたという。

 「こんな小僧っ子が大統領なら、キューバに核ミサイルを持ち込んでも泣き寝入りするだろう」というフルシチョフの侮りが、世界を恐怖に陥れた「キューバ危機」(1962)を生んだことはまちがいない。

 米国が軽侮されたらどうなるかという苦い歴史を、奇しくも61年生まれのオバマ大統領が再現したことが、だんだん分かってきている。

 2013年6月、中国の習近平国家主席が訪米し、オバマ大統領に面と向かって「新型の大国関係」を呼びかけた。オバマはそれが「世界を2分して支配しよう」という誘いだということが分からなかった。
 2日間、計8時間も会談したあげく、最も警戒すべき相手に間違った印象を持たせてしまったのである。

 オバマが即座に否定しなかったため、中国は認められたものとして膨張政策を堂々と展開し始めた。領有権主張の重なる南シナ海の数カ所で大規模な埋め立てを開始し、恒久的な軍事施設をどんどん建設、他国の抗議には「主権の範囲だ」と突っぱねる。

 日本に近い東シナ海と違って米国を恐れる必要が無いため、南シナ海を手っ取り早く軍事的に支配してしまおうという狙いだろう。

 この海域の支配は、2本のシルクロード「1帯1路」の海の入り口にあたるので、習近平の大国戦略にとってはまず完遂しなければならない目的だ。
 
 残念ながら、もう手遅れだが、オバマ大統領が「絶対に許さない」と言い切っていたなら、ひとまず習近平は手を引いていたかもしれない。
 それほど、首脳同士で強い意思を示すことは有効なのである。相手が独裁者、専制的指導者であればあるほど、そういう真剣勝負が歴史を決することになる。

 同じことが「アジア・インフラ投資銀行」(AIIB)についても言えよう。この構想が既存のシステム、すなわち西側先進国主導のアジア開発銀行、世界銀行、OECD等の国際経済組織に挑戦する意図であることは明白なのに、盟主の米国が断固反対する姿勢を見せないので、英国を先頭に西欧先進国のほとんどが雪崩を打ってしまった。

 米国226年の歴史で、たった2人の異端大統領の時代に、これほど独裁国に痛めつけられたという事実を、どう教訓にしたらいいだろうか。

 幸か不幸か、ヒラリー大統領も、女性はマイノリティーとは言えないが、アメリカとしては3人目の異端大統領となることは確かだ。

 国務長官としての実績や行動から見る限り、国際政治音痴のオバマよりマシと言えるかもしれないが、女性首相として評価の高いサッチャー(在任11年)、メルケル(10年目)のような長期政権が望めないのが痛いところだろう。
 
 習近平の任期は2013年3月から10年保証されており、その後も江沢民・前々主席のように軍を掌握して実権を握り続けることも予想される。
 早くも現代の中華皇帝としてふるまい始めた習主席は、任期4年のヒラリー大統領を「オバマの尻ぬぐい役」として軽く扱うかもしれない。フルシチョフ心理の3度目である。

 そういう可能性を排除するイニシアティブをとれるのは日本だけであり、また日本が主体的にヒラリー政権の誕生を吉とする好機でもある。
 日本政府に用意はあるだろうか。(おおいそ・まさよし 2015/04/29)


コラム一覧に戻る