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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.194
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年5月26日

         墓穴掘った「大阪都」「人身売買」ネーミング

 5月17日の住民投票で、大阪府と大阪市の二重行政を解消しようとする提案は否決された。
 とはいっても非常に僅差だったので、やはり「大阪都」を標榜したのが間違いで、もっと適切なネーミングを打ち出していれば、結果は違ったのではないかと惜しまれる。

 政治を革新しようとすれば、ひと言で分かる前向きなイメージを発信しなければならない。大阪都、では何のイメージもわかないところが致命的だ。
 「大阪代都」という表現を見たことがあるが、「みやこ」は天皇の本拠地という意味があるので、語義からして不適切だろう。

 都ではなく、府でいいというのが住民の感覚だとすれば、「大阪大府」とか「大阪新府」というような名称のほうが、ベターだったであろう。

 それならいっそ「大阪幕府」と謳ったらどうだったか。「維新の会」が「幕府」をつくろうと言ったらブラックユーモアのようだが、お笑いの本場のことだから、意外に「大受け」して、圧倒的多数で支持されたかもしれない。

 言葉のセンスの中でも、新製品のネーミングとなると、民間企業はありったけの脳ミソを絞って考える。官僚や政治家は、組織の存続がかかっていないので、どうしてもありきたりの誰でも考えそうな案に妥協してしまう。

 最近、国家的課題になってきた「認知症」も、病名の決定当時(平成16年)から違和感があると批判されたが、これだけ広範な症状と社会問題の大きさが「認知」されてくると、もっと適切な命名があってしかるべきではないかと思われる。

 政治問題に絞ると、ネーミングという手法は相手を攻撃するときに非常に効果的だ。いわゆる「レッテル貼り」(Rabeling)で、これから米国の大統領選挙運動を見ているとよくわかるだろう。

 米国メディアが安倍首相に貼り付けた「歴史修正主義者」という悪名は、敵ながらあっぱれというべき傑作だ。米国民は戦勝国史観を百パーセント信じているので、それを修正(revise)しようとするリビジョニストは、即、大悪人と受け取る。
 反論すればするほど、彼らの思い込みは強くなるばかりだから始末が悪い。

 日本では、左翼勢力の自民党攻撃に、必ずと言っていいくらい、この種のレッテル貼りが使われる。
 「憲法改悪」「格差拡大社会」「解釈改憲」「戦争法案」といったラベルの後に、「反対!」と続く。あきれるほど繰り返される社民党の得意技だ。

 それに対して、政策を推進する側、つまり政権のほうは、どういうわけかこういう効果を重視しない。

 たとえば、「特定秘密保護法」は、目的をぼかしてこういう名称にしたのだろうが、かえって「我が家では、それは特定秘密なので、、」とか、「我が社では、特定秘密なので(答えられません)」というように、拡大解釈ないし拡大ジョークに使われるようになってしまった。

 反政府メディアに攻撃の余地をわざわざ与えてしまったわけで、この事案はひねらずに「国家機密漏洩防止法」とすればよかったという反省の事例である。

 5月にはもう一つ、慰安婦問題に関して、肌寒くなるような敗北が明らかになった。

 安倍総理は訪米を成功させるため、明らかに米政府とすりあわせて「人身売買」という新語を導入した。
 これは、慰安婦の「強制連行」を否定したい日本側が、「民間業者による募集だった」という意味で、英語の Human Trafficking を受け入れたものと思われる。

 総理は訪米前の米紙インタビューで初めてこの用語を使い、訪米中にもハーバード大学での学生集会とホワイトハウス記者会見の2回、自らこの用語を使って遺憾の意を表した。

 ところが18日、韓国を訪問したケリー国務長官が記者会見で、こともあろうに「日本軍による人身売買」と明言したのである。米国務省のサイトで「 trafficking of women for sexual purposes by the Japanese military 」と明記されている。

 これで米政府は、安倍政権と正反対の認識で、「人身売買」を捉えていることが明らかになった。いま健在の旧軍関係者は、この英語表現に黙っていられるだろうか。

 もともと女性を騙したり脅迫して監禁し、文字通りの性奴隷として売買するのが、英語の人身売買の意味である。麻薬のトラフィックと並んで、世界の「二大極悪ビジネス」というのが常識だ。リーアム・ニーソン主演の「96時間」シリーズなど、この裏社会を扱った映画も盛んに作られている。

 総理周辺の知恵者たちは、そんなことも知らなかったのだろう。この用語の採用で、米国のみならず、世界の常識として、「日本軍は現代のマフィアと同じ最悪の凶悪犯罪を、業務としてやっていた」ということを、安倍総理が堂々と認めたことになった。

 慰安婦問題は、センスの悪い官僚の怠慢によって「性奴隷」という効果抜群の用語に発展し、さらに「少女、20万人」というウソが乗っかって、歴史に残る政治宣伝工作の成功例になっている。
 そこにさらに決定的な「人身売買」が、日米両政府公認の事実として認められ、すべてが歴史の事実として定着することになってしまった。

 折しも来日したマハティール元マレーシア首相(89歳)が、「安倍首相は時として好戦的に映る」と断じた上で、「隣国と対話すべきだ」と「忠告」した。
 好戦的なのも、対話を拒否しているのも相手方だという認識が全くないらしい。

 現職の時に「ルックイースト、日本に学べ」と国民に呼びかけ、「日本はもう謝罪するな」とまで言っていたあのマハティールが、ここまで洗脳されてしまったのかと感慨深いものがある。

 この調子では、今はまだ圧倒的に親日的な東南アジア諸国も、いつまでもそうであり続けるかどうか、はなはだ心許ないといわざるを得ない。

 対外広報はセンスが重要だ。また特に目的をもった広報工作は、良くも悪くも経験豊富な米国の専門企業に依頼するべきだ。毒をもって毒を制するのも外交のテクニックである。

 国内の反韓デモを、ことさら「ヘイトスピーチ」として法規制に乗り出す動きがあるが、その源泉は相手方の大統領にあるのだから、メディアはまず「ヘイトスピーチ・プレジデント」というネーミングを貼り付けたらいい。
 そうすれば、自国民を規制するのが本末転倒だということが、誰にでも分かるだろう。
 
 そういう言葉のセンスが、我が方には求められているのである。
 (おおいそ・まさよし 2015/05/26)
 

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