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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.196
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年7月27日

            密約で躓いたか安倍政権

 政治や外交の世界に、密約は付き物といえるだろう。密約だから、その存在は後になって知るしかない。分かった時にはとんでもない結果になっていることもある。

 安倍政権の支持率が急落して40%を割り込み、政権発足以来初めて不支持のほうが上回った。
 この原因は衆目の一致するところ、いわゆる「集団的自衛権」を限定的に行使できるようにする法案の審議にある。

 この審議で総理がいかに熱弁を振るっても、早急に「抑止力を強化」しなければならない理由は、主として中国の軍事的膨張にあるにもかかわらず、なぜかそう言わないことが国民の不信感を呼び起こし、反対派を勢いづかせてしまったと思われる。

 ホルムズ海峡の機雷掃海の可能性を強調してイランを想起させたり、北朝鮮を名指しするのは平気なのに、現に沖縄県尖閣諸島の周辺で領海侵犯を定常化させている中国には触れない。

 野党はあの手この手で、中国の名を言わせようとするが、頑として言わない。

 これはおかしい、と誰でも気づく。単に外交上の配慮なのだろうかと疑いが強くなったところに、沖縄の西北方の海域で、日中大陸棚中間線の中国側に、新たに12基もの海底ガス田掘削用プラットフォームが据えられていることが分かった。

 福田康夫首相の時、2008年に日中で1ヵ所の共同開発に合意したが(実現せず)、当時は4ヵ所の施設が確認されていた。
 それが一気に4倍に増えたというのだが、それも7月6日に保守派論客の櫻井よしこ・国家基本問題研究所理事長が、保守派の産経紙上でバクロしたため、政府もしぶしぶ認めざるを得なくなったものだ。

 これは一体どうしたことだろうか。菅官房長官は中国が2年前から新たな施設を建設し始めたと認めたが、それが事実だとしても安倍総理が国民に事実を隠していたのは驚きというほかはない。

 同時期に南シナ海で、中国が岩礁の埋め立てを急ピッチで進め、7つの人工島を軍事基地化している現実を、総理はドイツ・サミットなどの場を活用して積極的に非難してきた。

 「その安倍総理が、身近の東シナ海での海上施設急増を国民に隠蔽していたのか」ということだから驚きも倍増する。

 時系列的には、2013年がポイントだ。3月に習近平国家主席が就任し(前年11月に党総書記・党軍事委主席)、6月に訪米して「新型の大国関係」を持ちかけ、東シナ海と南シナ海の両方で海域支配に乗り出し、さらに11月には一方的に「防空識別圏」を設定している。

 米国は当然、偵察機や衛星ですべて知っていたはずだが、南シナ海の人工島7ヵ所が完成間近になっても何も言わず、3月にフィリピン政府が自前の航空写真でバクロしたあと、ようやく公然と認めた。

 つまり、バクロされて認めるという経緯まで、日米両政府は足並を揃えていることになる。

 それだけでなく、中国政府の反応は「公表したことに不快感」を表明しているので、日中の間でも何らかの約束事があったのではないかと疑われる。

 このように相手が侵略的拡大の手を緩める気がまったくない場合は、変な密約や紳士協定に国益を賭けることは御法度と言わねばならない。
 既成事実ができてしまえば、もはやそれを覆すことは外交では無理なのである。

 中国は既存の国際法をねじ曲げて利用するのが常だ。排他的経済水域を自国に関しては領海と同じに主張し、防空識別圏も独自の解釈で領空なみに支配権を主張する。

 東シナ海の海上ステーション群も、数の多さから見て、南シナ海の人工島と同じく、領土領域の確認という独自解釈になるのだろう。その上空を軍事的権利とみなす防空識別圏が守るという論理だ。
 その中に中国が領土と宣言した尖閣諸島が組み入れられている。

 フィリピンのアキノ大統領がナチスを引き合いに出して中国の猛反発を受けたが、実際にナチス・ドイツのチェコ領ズデーテン奪取から、悪夢の欧州侵略が始まっている。
 またドイツ降伏時にソ連軍が東欧の大半を占領していたため、西側はソ連の支配権を容認せざるを得なかった。既成事実をつくった方が勝ちという好例である。

 話を戻すと、安倍総理は、結果として十数パーセントも支持率を落とし、不支持率が上回るほどの犠牲を払ってまで、中国の対日圧迫を国民に知らせないメリットがあると判断したのだろうか。
 そこがキーポイントである。

 せっかく5月の訪米時、米議会における名演説で評価を高めたというのに、このていたらくはどう釈明できるのだろうか。
 いったん30%台に落ちた支持率を回復するのは非常に難しい。急回復の材料は見当たらない。

 昨年4月の消費税増税のあと景気が急落し、安倍総理は「財務省に騙された」と激怒したという。財務省は増税の影響は軽微だろうと総理に保証していたからだ。

 それと同じで、こんどは「外務省に騙された」と怒り心頭に発しているはずだ。

 もうひとつ、新国立競技場の問題では、「文部科学省に騙された」と誰にでも分かってしまった。

 安倍首相は、幾つ教訓を重ねたら官僚の実態と政治家の指導力を体得できるのだろうか。(おおいそ・まさよし 2015/07/27)


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