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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.198
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年9月25日

         専守防衛、自衛隊員のリスクって何?

 安全保障関連法の成立直後の世論調査で、やはり政権の支持率は数パーセント低下し、不支持率の方が上回った。

 法案支持の新聞では内閣支持も高く、産経42.6%、読売41%、日経40%だが、法案反対の朝日、毎日では、それぞれ35%と低い。
 安倍政権内部では、これでも予想していたよりも落ち込みが少ないと安堵しているようだ。

 しかし問題は内閣の支持率よりも、安倍総理が自ら認めていたように、国会審議の最後の最後まで、国民の理解が深まらないままだったという事実である。

 この原因は、当初から「集団的自衛権」の行使を「限定的」に絞ったことにある。限定すると、法律だからその範囲と理由を事細かに説明しなければならなくなる。当然、反対する側にとっては、どこまでも細かく分け入って攻め立てることが可能になる。

 このプロセスを、国民はうんざりするほど見せられたわけである。法案よりも国会審議自体に背を向けたということだろう。戦術的大ミスである。

 またそのほかに、世界の非常識である日本の常識を、そのまま放置し、国民を啓蒙するチャンスをみすみす逃したことを、特に挙げておかねばならない。

 第1に、反対野党が「専守防衛を捨てるのか?」と迫り、首相も「専守防衛は堅持する」と答えた場面だ。

 政府による専守防衛の定義はあるが、軍事的には全く無意味で、日本以外には聞かれない問答だろう。敵から攻められるのを待ってから撃退するには、相手の3倍以上の戦力が必要とされる。

 もっと正確に言うと、攻撃側が結局は攻撃を断念せざるを得ないほどの戦力を見せつけるのが、実効力のある専守防衛ということである。

 イメージで示すと、日本のパールハーバー攻撃をアメリカ側から考えてみればよい。ハワイの米海軍力が日本艦隊の3倍の規模だったとしたら、日本は攻撃を諦めていたに違いない。

 日本の専守防衛「政策」は、仮想敵だった旧ソ連の極東方面戦力を、米軍が圧倒的に上回っていた時代に、かろうじて成立していた。
 誰でも分かるように、今の中国相手にこの図式はもうすでに破綻しているのである。

 安倍首相は、その現実を国民にハッキリと分からせる責任があった。しかし、残念ながら、そういう覚悟は見られなかった。

 第2に、民主党は岡田代表を先頭に、「徴兵制」が必至だと言わんばかりのアジテーションを繰り広げた。これは非常に効果的に、学生層や女性に「安倍憎し」という感情を染みこませた。

 首相はこのプロパガンダ攻撃に対して、徴兵制(=義務兵役)は憲法第18条が禁じている「苦役」に当たるからあり得ない、と反論した。これは従来の政府見解でもある。
 これも日本の外では聞かれない非常識問答である。

 本当に専守防衛を追求するなら、スイスのように国民皆兵で抵抗するぞという態勢を見せなければならない。徴兵どころか、全国民が勇んで志願する国でなければならない。

 スイスでは50歳までの男子が予備役に就いており、人口約8百万の1割が事実上の兵士だ。自宅に軍用銃を保管する義務もある。
 スウェーデンも武装中立で知られているが、義務兵役を廃止した現在も、約9百万の人口で30万の予備役を擁している。国民総生産(GDP)の2%を国防費に充てている重武装国家だ(日本は0.9%)。
  
 つまり、徴兵制を「苦役」と確認した安倍首相の答弁は、世界の笑いものであることは間違いない。別名の「義務兵役」は隣の韓国を始め、世界では当たり前に行われているのである。

 第3に、この関係で、自衛隊員のリスクが増えるのではないかという、まことにトリッキーな質問が突きつけられたことである。

 海外派遣が限定的とはいえ拡大すれば、当然各種のリスクは増大する。それを嫌がる自衛隊員が増えると、政府は徴兵制に踏み切るのではないか。
 この質問に答えるのは難しい。だから、「憲法で禁じる苦役」と「リスクは増えない」というセットの答弁が必要になった。

 これも世界では通用しない非常識な問答だ。自衛隊員のリスクは増える面と減る面の両方がある、と答えるべきだった。

 23年前、自衛隊員の国連PKO派遣が始まったとき、携行武器は拳銃と小銃だけとか、次は「機関銃2丁はいらない」などと、旧社会党や左派新聞が主張したものだ。
 自衛隊員の安全よりも、時代の流れに反対することが重要だったのである。

 その時の反対勢力が、こんどはケロッとして自衛隊員のリスクを心配して見せた。政府はその矛盾を指摘すると同時に、自衛隊にリスク論を適用するのは世界の非常識だと反論するべきだった。

 山口組など約8万人を対象とする画期的な「暴力団対策法」を制定したとき、「警察官のリスク」を心配する議論があっただろうか。

 せめて自衛官出身の中谷防衛大臣が、「自衛隊は民間団体(NGO)ではない!」と一喝して欲しかった。
(おおいそ・まさよし 2015/09/25)


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