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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.199
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成27年10月29日

          日本人の盲点:義勇軍を装う正規軍

 ロシアが9月30日、突然シリア空爆を開始したことで、いよいよ「新しい冷戦関係」が姿を現してきた。

 米国主導の有志連合による空爆は反政府勢力を助ける目的であり、ロシアの介入はアサド政権を助ける目的であるから、空爆の対象が第三勢力の「IS」(自称イスラム国)であったとしても、間接的に冷戦どころか新型の熱戦に入ったようなものだ。

 ここで注目されるのは、ウクライナ東部ではすでにロシアが正規軍を義勇兵として送り込んでおり、近代兵器を配備して支配地域を確保していることである。
 昨年7月、マレーシア航空機を対空ミサイルで撃墜してしまったのは、明らかに未熟な非正規兵だったと思われ、その教訓から正規軍を大量に送り込んだと考えられる。

 ロシアはその経験を生かして、今年9月、シリア・ラタキア港から大量の戦車、戦闘機、ミサイルなどの近代兵器を陸揚げし、すでに4千人ほどが展開中とみられるが、決してロシア正規軍だとは言わない。

 ロシア議会下院の国防委員長が「ウクライナから義勇兵を派遣」と示唆したと報道されたが、ちょっと考えれば分かるように,近代戦の空爆は精密なターゲティングと成果観測(衛星・高空偵察、目視)を伴う。非専門家には務まらない任務だ。
 それにしても戦車や数千人の地上軍派遣には、別の目的があると考えざるを得ない。

 そこで視点を変えて、プーチン大統領が歴史をどの程度知っていて、正規軍を義勇軍などの別名で「派兵」する挙に出たのか、また成算はあるのかということを考えてみたい。

 義勇軍と聞くと過去3つの事例が思い浮かぶが、時系列ではなく規模の大きい順に並べてみよう。

 第1は、なんといっても朝鮮戦争における中国の「人民義勇軍」ではないだろうか。

 1950年6月25日、北朝鮮軍が韓国に奇襲をかけ、油断していた韓国は約1週間でほとんど全土を制圧されそうになった。
 日本にいたマッカーサーが国連軍司令官となり、艦船でソウル近郊の仁川に上陸する作戦を成功させたことで、戦況は一変した。

 北朝鮮軍は退路を断たれることを恐れ、北へ撤退しながら激戦を続けたが、国連軍(実体は米韓軍)は追撃して北の領内に入り、一部は中国との国境である鴨緑江に近づいた。

 ここで、毛沢東の中華人民共和国は自称「人民志願軍」を派兵し、犠牲をいとわない人海戦術で米韓軍を押し戻した。一時はソウルを再占領する勢いだった。
 その義勇軍が中国共産党の正規軍であることは公然の事実だった。
 
 毛沢東は、アメリカと全面戦争をするつもりはないという意思を伝えるために、正規軍でないという形をとったのである。当初は20万、最終的には120万人と言われるほどの規模だったのに、である。

 第2は、戦争が長く、約15年に及んだベトナム戦争である。義勇軍という名ではなかったが、「南ベトナム解放民族戦線」(通称ベトコン)が、初期はともかく末期には事実上、北ベトナムの正規軍に入れ替わっていたという事実である。
 
 米国は第2次大戦以後、初めて軍事的な敗北と国内世論の分裂という深い傷を負い、日本でもまた、反米・民族解放闘争を支援するという左翼勢力が、見事に北ベトナムに騙されて大恥をかいた。

 同じ「北」でも、朝鮮は正規軍を使って失敗し、ベトナムは偽装正規軍で成功した。客観的には共に武力による「侵略」で、褒められたものではない。

 第3の事例は、この2例より規模は小さいが、日本にとってはもっと重要な偽装正規軍があったことだ。
 それは、米国が中国に送り込んだ空軍部隊「フライング・タイガース」である。

 日本の真珠湾攻撃に先立つ4年も前、1937年5月、米陸軍航空隊のシェンノート大尉が退役し、中華民国空軍に大佐級で雇われた。この傭兵はパイロット100名、地上要員200名などを主として米軍人から集めた。
 この段階で米政府が乗りだし、膨大な資金もカーチス戦闘機などの機材も米国からどんどん送られた。

 シェンノート軍の主な活動は中国南部のいわゆる「援蒋ルート」の援護で、日本軍機を296機撃墜したと報告している。日本側の記録では115機の損害となっている。

 1940年には、中国から日本本土を奇襲する計画を立て、「紙と木でできた」民家を焼夷弾で無差別爆撃する作戦を米国に提案した。
 ルーズベルト大統領の裁可が下り、「JB355」として知られる統合参謀本部の作戦計画が始動した。

 この奇襲作戦は翌年、日本側の真珠湾攻撃が先になったため、計画半ばで中止されたが、部隊の活動は翌年まで続き、メンバーの何人かはその後、米軍に復帰して軍務に戻った。
 部隊の解散命令も米軍が発しているから、正規軍であることを認めていたことになる。

 米国は1991年になって、生存している約百人を改めて退役軍人と認め、公表もしている。つまり、初めから正規の米軍人だったということである。

 米国民はジョン・ウェイン主演の宣伝映画「フライング・タイガー」(1942年)などで存在はよく知っており、英雄として認識しているが,決して偽装米軍だったとは認めない。
 認めてしまうと、対日開戦は4年さかのぼり、真珠湾攻撃を「卑劣な騙し討ち」と非難できなくなり、従って原爆使用と日本全土無差別爆撃の言い訳がなくなってしまう。

 それは個人としても国家としても、「死んでもできない」ことであろう。日本も今日まで何の行動もとっていない。

 このケースはルーズベルト大統領の賭けが成功した例で、国内法の壁をかいくぐった「裏口からの開戦」が、戦後の突出した超大国へとつながっている。

 上の2つ、すなわち中国の例と北ベトナムの例も、軍事的に、また政治戦略としても大成功だったと言わざるを得ない。

 毛沢東が、大陸で政権を確立してわずか1年なのに、米軍相手に大規模な地上戦を挑むというのは、かなりの大冒険だったにちがいない。
 しかし国内的には勝利と宣伝でき、今日まで続く共産党独裁政権が基礎を固める結果となった。
 
 北朝鮮は事実上の属国となり、大被害を受けたはずの韓国まで、今では自ら歴史的朝貢国を想起させるスリ寄りを見せている。
 ちなみに、韓国は一度も中国に対し、謝罪や補償を要求していない。要求したとしても、「あれは志願軍で政府は関知していない」と一蹴するだろう。

 北ベトナム(ベトナム民主共和国)は米軍が手を引いたあと、南に傀儡政権を作り、すぐ吸収合併という形で統一を完成した(1976年)。
 南からは百万といわれる難民が流出し、ボートピープルが周辺諸国に流れ着いた。ほとんどは米国に渡り,日本も少数を受け入れた。

 それでもベトナムは冷戦終結とソ連崩壊の大波を乗り切り、今日まで共産党独裁政権を堅持している。近年は中国の軍事大国化と南シナ海囲い込みに直面して、こんどは日米に支援を求める外交戦略を見せ始めた。

 これら3つの事例は、「正規軍を偽装して派兵すると大成功する」ということを実証しているが、日本では知る人はごく少ないだろう。

 日本では明治維新後もそれ以前にも、正規軍を偽装したような事例は聞いたことがない。おそらく武士道精神に反する騙し行為なので、発想すらしなかったのだろう。だから、世界では決して珍しくないという事実に関心を持たず、現在に至っているのである。

 プーチン・ロシア大統領は、生粋の情報工作員出身だから、正規軍の偽装派兵などごく当たり前だと思っているだろう。その歴史的成功例も頭に入っている可能性が強い。

 ロシアのウクライナとシリアへの軍事介入は、そういう意味で歴史的な転換点になるかもしれないのである。(おおいそ・まさよし 2015/10/29)


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