国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.200 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 平成27年11月28日 欧州テロも中国暴走も英国起源 10月末からわずか3週間ほどの間に、歴史が変わるぐらいの世界変動が起きた。この事態を理解するコツを提示してみよう。それは英国を中心に、中東関係と中国関係を切り分けることである。 10月31日にエジプト上空でロシア航空機が爆弾テロで墜落、11月13日にはフランス・パリで同時多発テロが起きた。それで、プーチン「皇帝」は怒り狂って、「フランスを同盟国と扱え」と命令し、突如、19世紀末の「露仏同盟」が復活したようになった。 両国は、間に挟んだドイツを共通の敵とする地政学的な関係にある。EUの主導権をフランスから奪って、いつの間にか「第4帝国」と陰口をきかれるようになったドイツが、いきなり挟撃されるような位置関係になったということである。 かつての露仏同盟は、第1次大戦まで継続し、広大な中東を英仏両国で分割する密約「サイクス・ピコ協定」(1916)に、ロシア帝国も参加している。 昨年6月の当コラムで指摘したように、自称「イスラム国」(IS)の一枚看板は、その分割自体の打破、否定である。彼らの支配地域も、イラクとシリアの国境をまたいで広がっている。 となれば、彼らの攻撃対象は、地域外ではまず英仏、そしてロシアの3ヵ国ということになるだろう。 ロシアは直接の中東植民地化の罪は軽いので、次の目標は当然ながら英国と言わざるを得ない。世界のどこでも手当たり次第にテロを起こすというように、本質を拡散しようとする情報操作には気をつけるべきだ。 フランスと比べても、英国の植民地獲得運動は、際立っていた。大シリア地方を分割して手に入れたイラク・クウェートは石油の宝庫だが、フランスに掴ませたシリア・レバノン(通称レバシリ)にはアブラがほとんど出ない。 また、後に獲得したパレスチナ地方がイスラエル建国で戦乱地域になると、さっさとアメリカに任せて手を引いてしまった。 次に中国関係だが、その英国に10月下旬、習近平・国家主席が国賓以上の待遇で招かれ、事実上の「中英協商」というべき関係が成立した。 オバマ大統領も経験していない、バッキンガム宮殿に宿泊し、王室馬車に女王と同乗してパレード、そして公式晩餐会のほかに王室主催の晩餐会を重ねるといった、驚くべき特別待遇を世界に見せつけた。 その前9月に、オバマは習主席を国賓として招待し、南シナ海での人工島造成・軍事化をやめるよう要求したが、習は一顧だにしなかった。そこでオバマは直ちに米海軍の進入を許可し、10月27日、イージス駆逐艦1隻が人工島の接続海域を無断航行してみせた。 そのため、習近平の訪米は失敗だったという見方が流れたが、実は、翌月に訪英して歴史的な大歓迎と共に、中英協商を勝ち取るという成果が用意されていたので、訪米ではわざと一歩も引かない仏頂面で通したのだということが分かってきた。 世界で最も強固な同盟関係である英米(アングロサクソン)兄弟国が、ここまで正反対の対中政策を明らかにする意味は、どこにあるのだろうか。 遠因を辿ると、18年前の英国の香港返還に行き着く。誰も指摘しないが、返す必要のない香港を引き渡したことで、中国は「要求すれば昔の領土は返ってくるものだ」と思い込んでしまった。 そこから、今日の理解しがたいメチャクチャな領土拡張が始まったのである。 香港島と対岸の九龍半島南端は、清朝から英国への「割譲」であって、租借ではない。半島の続きである「新界」だけが、99年間の租借となっていた。 したがって英国は、租借地だけをいつ返すかどうするかという交渉をしつつ、香港本体は維持しておけばよかった。 歴史に「たら・れば」はないと言われるが、英国が香港を領土として堅持していれば、その周りには当然、領海と接続水域の権利がある。中国は南シナ海を英軍艦艇が自由に航行するのを阻止できず、いわんや多数の岩礁を埋め立てて全面軍事基地化を図る、というような暴挙には出られなかったに違いない。 そう考えると、英国は中国との面倒ごとをアメリカにうまく背負わせ、甘い汁だけをいただこうとしたのだと言わざるを得ない。 英国は香港返還に際し、中国が香港の民主制を尊重し、50年間は「一国二制度」で行くという保証を取り付けたが、昨年11月、中国は公式に「もはや失効した」と通告している。 外交巧者の英国にとって、これも想定内ということか。 同盟国である米国の反対をものともせず、英国は今年3月、西欧先進国の先頭を切って中国のアジア・インフラ投資銀行(AIIB)に参加表明し、オバマを裏切った。 こんどはそれどころではなく、国内の発電所や高速鉄道、自動車産業、都市再開発などのインフラ整備に7.4兆円相当の投資を受け入れ、そのために必要な「人民元建て国債」を中国外で初めて発行するという、まるで被援助国のような立場の中英経済関係を受け入れたわけである。 英国内でも、いくらなんでも土下座外交ではないかという批判が出ている。なかでも技術力の低い中国が原発建設事業に巨額出資(1.1兆円)し、将来は中国製原発の導入まで視野に入れるという合意に、大丈夫かという不安の声が高まっている。 日米としては、原発どころか、原子力潜水艦を始めとする軍事技術と先端産業技術全般を、見返りとして中国に渡さないよう圧力をかけ続けなければならない。 中国は世界第2の経済規模となってもなお、自前の技術をほとんど開発できていない。自動車ひとつ取ってみても、車体のほかは全部外国技術だと国民がよく知っているほどだ。 兵器体系はほとんど旧ソ連の亜流のままで、ロシアから導入した新しい兵器のパクリでさえ、同じ性能が出ないという悩みを抱えている。 したがって、新たな中英協商で中国が狙うのは、第1にあらゆる「技術の獲得」だとみなすことができよう。 日本は率直に米国と相談し、何ができるかを突き詰めていく必要がある。南シナ海と尖閣を含む東シナ海で、中国は着実に、すなわち「サラミを切るように」他国の領土領域を切り取っているのである。 米駆逐艦の南シナ海航行のあと、尖閣諸島に中国海軍の情報収集艦が近づいた。公海上ではあったが、従来は尖閣の領海や接続水域に侵入するのは海警などの公船に限られていて、海軍の艦艇は中国側でも自制して近づかないようにしていた。 それが、堂々と海軍艦艇が近づいたわけで、米側の行動に対する反応であることは間違いない。 そうなると、米艦艇の南シナ海進入が、再度、三度と繰り返され、それも2隻で、3隻でというようになれば、尖閣の周辺でも同じようにエスカレートさせるぞという意思表示と見るべきだろう。 つまり、日本が米国に「やめてくれ」とブレーキをかけるように仕向ける作戦だろう。 オバマ大統領はようやく日本の重要性に目が覚めたようだ。遅きに失したというほかないが、戦後の70年間にベトナム、中東、中国といった災厄を投げてよこしたフランスや英国に比べ、本当はいちばん信頼できる同盟国なのだと気づいてくれれば、不幸中の幸いというところだろう。 (おおいそ・まさよし 2015/11/28) |