国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.201 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 平成27年12月26日 再考すべき潜水艦、飛行艇の輸出 安倍晋三首相が先頭に立って、救難飛行艇「US-2」をインドとインドネシアに、また最新の潜水艦をオーストラリアに売り込んでいる。 しかし、ちょっと待て、と言いたい。中国をにらんだ準同盟国を確保したいという狙いは分かるが、先方にもその思惑はとっくに見抜かれている。 兵器は相手が本当に欲しがっている場合は、中枢技術の秘匿(ブラックボックス化)や第三国への流出禁止といった制限を付けた上で、「売ってやる」ことができる。 そうでなければ、逆に「むしり取られる」恐れが強くなる。 12月に来日したインドネシアの女性外相が、日経誌上で「技術移転や共同生産が必要で、できないなら忘れてほしい」と言い放っているのが、その典型例だ(12/16)。 担当の国防相を差し置いて外相がここまで高飛車な発言をする裏には、つい最近、同国が日本をダシに使って、中国から高速鉄道建設をタダ同然にむしり取った実績があるからだろう。 「US-2」飛行艇は1機百億円とも言われるが、外国に技術を提供して現地生産すれば、安くなるどころか逆に高コストになりかねない。同程度の品質を確保できるかどうかも怪しい。 それが分かっているから、インドネシア政府の本音は、「日本が売りたいなら、最初の数機はタダで渡しなさい」ということだろう。 日本の飛行艇は世界最高の性能を誇っているが、虎の子の技術は機体そのものと言えるので、全体をブラックボックスにするのは難しい。 また設計図を渡すと、その国から第三国に流れることを覚悟しなければならないだろう。 東西冷戦の時代、ソ連が超音速旅客機を発表して大いに話題になった。あまりに西側の「コンコルド」そっくりだったので、「コンコルドスキー」と揶揄された。設計図が流出したことは明らかだった。 潜水艦の対オーストラリア輸出は、さらに複雑な問題を含んでいる。同国は大型潜水艦を最大12隻調達する計画を立てている。現在、通常動力で要求性能を充たす潜水艦は日本しか造っていない。 したがって日本が独占的に受注するのが当たり前だが、実際にはまったくそのようには進んでいない。地元でどのくらい現地生産できるか、すなわち雇用の確保を前提に、突然、国際入札方式に変更されてしまった。 もともと総事業費500億毫ドル(約4兆3千億円)の大プロジェクトだが、日本が受注してもその全額が日本に落ちるわけではない。 兵器・武装関係はシステムごとそっくり米国から導入して組み込む。日本はどんがら(艦体)と推進装置を売るだけだが、その艦体を現地の造船所に造らせるなら、日本には推進装置が残るだけということになる。 オーストラリアが本当に欲しいのは、日本が実用化した「スターリング発電機による非大気依存推進(AIP)システム」か、それに取って代わる次世代のリチウムイオン電池だが、共同開発を要求しているので、日本が技術を秘匿するのは難しい。 問題はそれだけでなく、同国は移民大国で中国系なども多く、情報が漏れる恐れが強い。政治家の中にも親中派がいて、親日派のアボット前首相を一夜で失脚させ、中国寄りと見られるターンブル新首相を誕生させている。 また、日本人はオーストラリアに好意を持っているが、逆は必ずしも真ならずだ。同国には旧日本軍の攻撃を忘れていない人々も多い上に、世界で最も反捕鯨イデオロギーが浸透している国でもある。イデオロギーは始末が悪い。 オーストラリアも日本と同じく、中国の海空拡張に対応して海上輸送路の確保を目指しているが、皮肉にも準同盟の太い絆になるはずの潜水艦で、逆に摩擦が生じ始めているわけである。 インドについては触れないが、いずれにしても相手がどうしても欲しいということでなければ、防衛装備品を外交戦略の道具に使うメリットは多くない。 ひるがえって、アメリカは同盟国の日本や韓国に対してさえ、戦闘機の中枢技術を開示せず、ブラックボックスにしている。韓国はそれを平気で開けてしまって、以後は懲罰として重要技術の秘匿を拡大されている。 かつて日本は、中国や韓国の要請に応え、鉄鋼、造船、家電、自動車、半導体等々、すべての技術を寛大に供与した。その結果、どうなったかは誰でも知っている。 今では逆に競争相手にもならないと見下げられる時代になった。 新幹線技術も、JR東海は中国の模倣を警戒して手を引いたが、JR東日本が乗せられてしまった。 その結果がどうなったか、今では誰でも知っている。 これだけの苦い経験があるのに、また虎の子の防衛技術の輸出で同じことを繰り返すのだろうか。 日本は先端技術の潜水艦を売り物にしようとするが、ドイツの提案はオーストラリアに適度の建造技術を供与し、潜水艦を外国に売る産業に育てるというものらしい。 つまり、雇用維持どころか、新しい輸出産業を一緒に作りだそうという魅力的な申し出だ。 日本にこれぐらいの構想力がなぜ生まれないのだろうか。 (おおいそ・まさよし 2015/12/26) |