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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.202
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成28年1月26日

         安倍虎変(こへん)で日本どうなる?

 昨年末の日韓慰安婦問題合意の評価が混迷している。よほど国民に言えない事情があって、安倍総理があえてあのような合意に同意したのであれば、歴史的には虎変と評価されるかもしれない。

 虎変とはいうまでもなく、「大人虎変、君子豹変、小人革面」というセットの最上格であるが、実は虎変の大先輩は「あの」中曽根康弘・元首相である。

 さすがに自分がタイジンだとは言わなかったが、在任中の1986年元旦にこの文言を紹介し、その年7月に衆参ダブル選挙(死んだふり解散)を断行して、結果的に翌年11月まで約5年の長期政権を維持した。

 「あの」と付けたのは、その中曽根首相(当時)こそ、毎年続けていた靖国神社参拝を、中国に配慮して、前年の85年夏から突然取りやめ、今日まで続く靖国問題を作り出した張本人だからである。

 この虎変によって、中国は対日「歴史認識」攻撃の有効性に気づき、日本の政治家に踏み絵を突きつける手段を手にしたことになる。
 外交を得意とする首相が冒した戦後最大級の外交失敗である。

 安倍総理が奇妙なほど同じ軌跡をたどっていることに、気がついている人も多いだろう。

 安倍氏は保守本流として、政権を取ったら「戦後レジームからの脱却」を目指すとし、東京裁判や村山首相談話、慰安婦問題の河野官房長官談話を事実上見直す考えを表明していた。それが昨年、すべて逆の行動になったのである。 

 昨年末の日韓慰安婦問題合意は文言を精密に分析するまでもなく、河野洋平・元官房長官が手放しで称賛していることが、すべてを物語っている。同氏はテレビで、「大変喜んでいる。よくぞ決意したと素直に敬意を表したい」とまで述べて、大満足であることを隠さない(BSフジ 1/14)。

 それも当然で、日韓合意は河野談話を百パーセント裏書きした上で、日本軍の関与と日本政府の責任を認めて謝罪し、日本以外の世界が「賠償」と認めるはずの国費10億円の支払いを約束しているのである。

 日本メディアはすべて、「最終的かつ不可逆的に解決」というフレーズを前面に出したが、日本発の外国メディアと韓国を含む海外メディアはほとんどすべて、「安倍政府がとうとう韓国の主張を認めて謝罪した」と報道したようだ。それほど報道には重点の違いが生じてしまった。

 特に米・加・豪などで定着しているイメージは韓国政府の要求と離れ、「日本軍による連行・拉致」「20万人」「性奴隷」「十代の少女」という4点セットである。
 これを日本政府が認めたと報道されているのである。

 これは、いわゆる南京事件問題で、「民間人30万人以上を虐殺」という中国の言いがかりに対して、「民間人の犠牲や略奪被害は否定できない」とまず認めてしまった日本の外交パターンそのままである。

 裁判でいうと、判決の主文がすべてであって、あとは何を言い訳してもムダである。折しも外国テレビニュースで、シリア駐留ロシア軍司令官に対して記者が、「無誘導の爆弾で6千回も空爆して民間人の死者がゼロなのか?」と聞いた場面を見た。答は「そうだ」とひと声だった。
 
 これが世界の常識である。日本流に「民間人の犠牲は否定できない」と答えたら、それが「主文」として世界に発信される。あとの説明や言い訳は無視される。

 さらに問題なのは、日韓合意では「国際社会で互いに非難批判しない」と約束している点である。

 米国の準教科書では、さらにひどい虚偽、たとえば「慰安婦は天皇から兵士への贈り物」というような記述があり、さすがに安倍総理が指示して在米大使館から出版社に抗議させたが、無視されたままだ。

 今後はこの種の外交ルートでの抗議も、外務省がこの合意に抵触するのではないかと及び腰になる恐れが出てきた。

 逆にカリフォルニア州の韓国系団体は、そんな合意に縛られる気は毛頭なく、かえって「性奴隷40万人」と倍増させて公立高校の教科書に盛り込むよう請願し、ネットで署名を集めている。

 つまり韓国政府としては、朴大統領が「告げ口外交」をやめると約束しただけということではないのか。

 重大なことなのであえて繰り返すが、安倍首相は昨年8月の戦後70年談話で、それまで否定的だった村山談話を百パーセント裏書きした上、それまで否定的だった「東京裁判史観」を自らの言葉で饒舌に語って見せた。
 
 見事な変節か虎変なのに、国民は「将来の子孫に謝罪責任を残さない」という大義名分に目くらまされ、オバマ政権も安心して一気に親安倍晋三ムードに変わった。
 
 そこまで大成功を収めたならば、韓国に対してはより強い立場で相手になることができる。そう考えるのが自然だが、実際は「今年中に」という韓国側の勝手な設定まで受け入れ、まるで労使交渉のように年末ぎりぎりの12月28日に、全面屈服してしまったのである。

 こんども「最終的かつ不可逆的に解決」という大義名分で国民は目くらまされ、米国政府も大満足を表明した。

 強い立場を外交に活用しない、あるいは活用しようとしない安倍首相の「ベタ降り」現象は何を意味するのだろうか。
 世界が大変動し始めた「大状況」が裏にあるのか、あるいは最終目標の憲法改正のためには、すべてを犠牲にするつもりなのか。

 反安倍晋三の旗振り役である朝日新聞は、自社の世論調査で日韓合意に63%支持と出ているので、当分は静観の構えらしい。

 正反対の安倍応援団である産経新聞は、正面から批判するのを避けて、有識者のコラムでネガティブな印象を小出しにしているのが現状だ。以下に3つ、紹介する。

 「慰安婦像の撤去をまず実現しなければ、韓国側は”鬼の首”だけを取って、平然と約束を反故にすることであろう」(古田博司・筑波大教授 1/7)

 「最近の慰安婦問題での釈然としない謝罪外交」(袴田茂樹・新潟県立大教授 1/18)

 「ほうれ、まただまされよった。ホンマめでたいのう安倍晋三首相、ていうか納税者の皆さま」(宮嶋茂樹・カメラマン 1/21)
(おおいそ・まさよし 2016/01/26)


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