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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.204
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成28年3月28日

           オバマ・トランプから汲み取る教訓は?

ケネディは最初のアイルランド系カトリックの大統領

レーガンは最初の俳優出身大統領

オバマは最初のハーフ黒人大統領

ヒラリーがなれば最初の女性大統領、最初の夫婦大統領

ジェブ・ブッシュがなれば最初の1家族3人目の大統領

ルビオがなれば最初のキューバ系大統領

サンダースがなれば最初のユダヤ系大統領

クルーズがなれば最初のカナダ生まれ大統領

そして、、、

トランプがなれば最後のアメリカ大統領


 当コラムがアレンジしたアメリカン・ジョークで、「ファースト」「ラスト」と韻を踏んでいる。トランプ候補が当選したら米国民がみな脱出してしまうので、合衆国が消滅するというオチである。

 実際に彼が当選する可能性はゼロ(に近い)が、トランプ旋風から日本が読み取るべきことは決して少なくない。

 それは大統領を目指すような政治家が、どんな資質と経験を積んでいるかを研究し、また日本に対して良いイメージを持つように、絶えずコンタクトを取っておく必要があるということである。

 トランプ候補が日本に対して好意的でないことは明らかだ。「メキシコ、中国、日本」と並べて、不公正な貿易でアメリカを弱めていると繰り返す。
 日本車をハンマーで叩き壊すパフォーマンスをやっていた1980年代から、彼の日本認識は一歩も進んでいないらしい。

 世界の安全保障でも、「日本、韓国に米軍駐留費を全額払わせろ」と主張しているから、日本がダブって攻撃相手に据えられているわけである。

 「とんでもない候補だ、絶対に大統領になってもらっては困る」と言いたいのは山々だが、何のことはない、現職のオバマ大統領だって大して変わりはないのである。
 そう、「である」と現在形であって、過去形にはなっていないのだ。

 7年前に当コラムで指摘したが、オバマは就任直後の施政方針演説で、米国メーカーが計画中のプラグインハイブリッド車(PHV)の「電池は韓国製だ」と国名を挙げ、日本の関係者をビックリさせた。

 当時、実際に販売されていた唯一の電気自動車(EV)はベンチャー企業のテスラ社の製品で、電池は日本製のノートパソコン用リチウムイオン電池を使っていた。

 この一件だけなら、オバマが知ってか知らずか、日本でなく韓国の名を出したのは意図的かどうか、分からなかっただろう。

 しかし、誰が見ても次第にオバマ大統領は韓国に好意的であることが明らかになった。訪米した李明博大統領をワシントン市内の韓国料理店に連れ出して歓待したり、次の朴クネ大統領を抱きかかえんばかりの親密ぶりを見せつけた。

 その反面、鳩山、菅、野田、安倍と続く日本政権には冷淡で、東北大震災の支援を除いては、個人的な好意を見せる場面はほとんどなかった。

 特に、2012年末に復活した安倍首相に警戒心をかきたてられたらしく、13年10月にはケリー国務長官とヘーゲル国防長官が連れ立って千鳥ヶ淵「戦没者墓苑」に参拝し、靖国神社を「無名戦士の墓」と認めないという米政権の意志を表明した。

 これは、安倍首相の顔面にパンチを見舞ったということである。そう受け止めた総理は12月末に、政権1周年を口実に靖国神社参拝を断行して見せた。

 オバマ政権は「失望した」と反応した。「オバマ vs.アベ」の強烈な外交戦だった。

 朴クネ大統領の「告げ口外交」はこういう背景で、オバマの絶対的な支持を受けているという自信に裏付けられていた。米国の対日専門家たちまでがこぞって韓国側に回り、日本が慰安婦問題で譲歩するよう迫るようになった。

 その結果は、韓国の過剰な中国接近につながり、米国を侮った中国が南シナ海の埋め立てと軍事基地化を進めるに至り、ようやく昨年、オバマも自分の誤りに気がついた。

 日本は2014年4月にオバマ大統領を国賓として迎えたが、彼は通常の国賓滞在をわざと1日短くして(つまり、いやいや)やってきて、安倍総理が懇親のために用意した高級寿司店で、席に着くなり「環太平洋経済連携協定」(TPP)交渉に話を持っていった。

 かつてオバマが李明博大統領と、韓国料理店で親しく懇談したことに倣おうとした安倍作戦は、初めから見透かされていたのである。
 それほどオバマは、安倍総理と個人的に親しくすることを拒んできたと言える。

 この関係は、翌15年4月、安倍総理が国賓なみの待遇で米国を訪れ、オバマ大統領がリムジンに同乗してリンカーン記念堂に案内したことで、ようやく修正されたように見える。

 しかし、オバマ個人の頭にある韓国像が修正されたわけではない。彼は最近まで大統領の公式発言として、20回近くも「韓国の教育に学べ」と繰り返しているという。
 さすがに韓国メディアもオバマは正確な知識を基にしているのかどうか疑いを持ち始めた。

 有力紙「中央日報」によると、「米国の教室のIT化率は30%、韓国は100%」(2014年)とか、「韓国の教師の給与は医者と同じぐらい」(2015)というように、事実かどうか分からないのに持ち上げられて、却って困惑しているようだ(日本語版3/14)。

 日本から見ても、前近代的な財閥企業に就職するのが社会的勝者で、そのためには有名大学に入る競争が激しく、小学校のころから過去の日本を数倍上回る受験地獄が待っているという社会が、世界のどの国の手本になるのか疑問だ。

 つまり、オバマは大統領になる前から、韓国を理想的な先進国だと誰かから吹き込まれ、それが同時に日本を軽視し嫌悪することと表裏一体だ、ということを自覚しないまま今日に至っていると推測されるのである。

 オバマ大統領が尖閣諸島を「日米安保条約の適用範囲」と認めるまでにずいぶん時間がかかったが、トランプ候補は「答えたくない」という答えだ。

 あまたの立候補者の中で、共和党のルビオ候補だけが「尖閣は日本の領土」と明言した。逆に言うと、あとの候補者全員と現職オバマはそう言っていないのである。

 ルビオは撤退してしまったが、まだ若いので上院議員として力を付け、また将来の大統領候補として残り、あるいは副大統領や重要閣僚として政権の中枢に入る可能性もある。
 日本としては十分な政治的配慮を欠かさないようにする必要があろう。

 もう一つ重要なことは、トランプ候補が米国民の何割かに排外思想、孤立思想を刷り込んだ事実である。このマインドコントロールは、誰が大統領になっても米国の内政、外交に大きな障害となると思われる。

 ヒラリー・クリントン候補は、以前に支持を明らかにしていたTPPに、選挙運動を開始してから反対に転換した。
 これは労組票に配慮した戦術的転換だと言われているが、当選後にもトランプ後遺症が強ければ、議会審議にも入れない事態になるかもしれない。

 そうなると、第1次世界大戦のあと、米国が主導して国際連盟を創設したのに、米国議会の反対で加盟しなかったという歴史が想起されよう。
 アメリカの孤立主義が、のちの第2次世界大戦につながったのは事実だ。
 
 オバマ大統領は「チェンジ!」を叫んで当選し、「世界の警察官ではない」と宣言して中国とロシアの「帝国の逆襲」を許し、中東イスラム世界を大混乱に陥れた。

 すなわち米国はとうに孤立主義の時代に入っていると認識すべきかもしれない。トランプ旋風は派手な嵐だが、他の候補も多かれ少なかれ、孤立主義あるいは内向きの政策で国民受けを狙っているのは確かだ。

 安倍首相が5月の伊勢志摩サミットを最大限に利用して、オバマ大統領の顔を潰さない形で、米国の指導力を再興するよう訴えたらどうだろうか。
(おおいそ・まさよし 2016/03/28)


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