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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.205
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成28年4月29日

          戦間期20年が終わった世界

 プーチン露大統領が核使用まで示唆した昨年3月以降、なんということでしょう、ローマ法王フランシスコが9月と11月の2度、「第三次世界大戦」を口にして、何ごとかを世界に警告している。

 ロシアが自ら「新冷戦」を認め、このままで行くと一触即発だぞと欧米を脅すのはよく分かる。では、ローマ法王は何を警告しているのだろうか。

 これを理解するカギは、「戦間期」という概念である。

 国際政治学の古典であるE・H・カーの「危機の二十年1919-1939」が象徴するように、歴史上初めての世界大戦が、わずか20年の間をおいただけで、2回目が起きた。それも遙かに大きな規模で繰り返されたのである。

 日本ではあまり聞かれないが、「人間は長い平和に耐えられない」という歴史の事実がある。第二次大戦の後も、現在まで決して戦争がなかったわけではない。
 しかし、第三次大戦という規模の戦争はなかった。だからこそ、ローマ法王の警告は、「そろそろ近くなってきた」という認識が、世界の有識者のあいだで共有され始めていることを示しているのではないか。

 ここで問題となるのは、第二次大戦がいつ終わったのか、それが確定しないと現在の戦間期が何年続いているのかが分からない。
 したがって、東西の冷戦をどう位置づけるかという課題が浮上してくる。

 冷戦を第三次世界大戦だったとみなすことも可能だ。しかし、全く新しい考え方として、第二次大戦と冷戦を連続した大戦とみなしたらどうだろうか。

 あまり知られていないが、イタリアは日独伊三国同盟で米英側の連合国(United Nations)と戦ったが、1943年9月に無条件降伏したあと相手側に回り、日独に宣戦布告している。つまり、戦勝国だと自負している。

 冷戦が第二次の続きだとすれば、日独も45年に降伏して西側に参加したわけで、結果的に戦勝国になったと言えるのである。

 決して我田引水の議論ではない。たとえばフランスは40年6月、ナチスに降伏し、全土を占領されてビシー傀儡政権を建てられた。しかし実体のないドゴール亡命政権(ロンドン)が機能していたという虚構を貫いて、一貫して勝利者だったと自尊している。

 イタリアやフランスの例に比べれば、日本は立派な西側勝利者として自尊していいのである。

 ソビエト連邦は1991年末に崩壊し、本体のロシアが服従させていた連邦諸国と東欧のすべてが独立してしまった。つまり、いわゆる「藩屏」(はんぺい=中心を守る垣根)をすべて失うという歴史上も珍しい完敗を喫したのである。

 それが2014年3月、公然とウクライナのクリミア半島を武力で併合し、さらにロシア人の多い東部ウクライナを事実上支配するに至った。
 ソ連崩壊からわずか22年ほどにしかならない。

 1918年、第1次大戦で完膚なきまでに敗北したドイツが、わずか20年後に再び牙を剥き、チェコのズデーテン地方をドイツ人が多いという理由で併合を要求し、西欧は屈した。
 
 あまりにもそっくりだと思わない人はいないだろう。

 両大戦が世界大戦の名にふさわしく、歴史を画する大規模で近代兵器化した戦争だったという事実と、その戦争で完敗したはずの敗者が、同じように20年ほどで復活してくるという事実を、世界はどう理解したらいいのか。

 今のところ、誰も確たる分析も答えも将来予測も持っていないだろう。ただ事実を事実として認識することが基本である。

 そして、そのためには第二次大戦と冷戦は1つの戦争とみなし、1930年代末から80年代末まで続いた「50年戦争」だったと理解すれば分かり易い。

 ロシアが直ちに次の侵略に出るかどうかは分からないが、「ロシア人住民を保護するため」という名目はいつでも発動できるので、つぎはバルト3国を狙うのではないかと予想されている。
 
 次に予想の対象になるのは、ロシアがどこに仲間を求めるかという問題である。

 すでに囁かれている中国はどうか。同盟国にするには中国は巨大すぎる。つまり利害が一致するよりも相反する面が多く出てくるだろう。

 軍事拠点を持っているシリアに派兵して、アサド大統領の失脚を阻止したと自己評価しているだろうが、中東ではシリアよりもイランを必要としているだろう。核技術と石油ガスのバーターはお互いに利益となるはずだ。

 では日本はどうか。実はプーチン大統領は日本をいちばん味方に付けたいと思っているに違いない。日本はプーチンが必要とするものをほとんど全部持っている国である。

 日本の位置そのものが帝政ロシアの時代から核心的利益だった。この説明はいらないだろう。
 地政学的位置にプラス、現在ではあらゆる先端技術と生産力、ソフト技術を供給できる国を、なんとしても同盟国にしたいと本気で狙っているだろう。

 日本側にそうした大戦略に対する準備があるだろうか。安倍晋三首相は5月の伊勢志摩サミットを前に、プーチンと話ができるという実績を示そうとしている。
 しかし、ローマ法王が第三次世界大戦を警告しているほどの大状況を、どれだけ深く理解しているか疑問だ。
 
 北方領土問題で表向きのリップサービスを貰えるかもしれない。しかしそれだけで終わるなら、サミットで西側首脳たちから、何のために訪ロしたのかと問われることになるだろう。(おおいそ・まさよし 2016/04/29)


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