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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.208
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成28年7月29日

          中国に外交を教えるチャンス到来

 坂本龍馬は、剣術家のはずだったが、ふところには拳銃、その次には「万国公法」(国際法)を入れていたという話がある。

 龍馬に限らず、幕府側も倒幕側も必死で国際法を学んでいたことが、後の日本の急速な近代化と経済発展に結びついている。

 それからほぼ1世紀半を経過した現在、中国は全く正反対の動きを加速していることになる。
 南シナ海のほぼ全域が「古来から中国のものだ」として、岩礁をどんどん埋め立てて軍事基地化を押し進めた結果、国際仲裁裁判所の裁定で、予想を上回る提訴側フィリピンの完勝となった。

 中国は判決前から「裁判は無効」と断言し、「判決は紙くず」とまで罵っている。

 こうした乱暴な国際法無視と重なる形で、王毅外相の態度が傲慢かつ威圧的になり、顔つきまで悪鬼の形相を思わせるまでになってしまった。

 カナダの記者を怒鳴りつけたり、日本の岸田外相を北京に招待しておいて、のっけから「誠意を持ってきたのなら歓迎する」と切り出したり、外相の儀礼どころか人間としての基本を欠いた言動が世界中でひんしゅくを買っている。

 この状態を、日米欧の首脳たちは好機到来と捉えることができる。中国が最大の弱点をさらけ出したという認識が肝心である。

 近代国家同士であれば、こういう問題は起きないが、ロシアのラブロフ外相も特に日本に対しては高圧的な物言いを繰り返しているので、近代国家でない社会ではありうることと言えよう。

 そうであれば、日米欧としては中国に対し、「国際標準の外交当局(Foreign Office)」を整備するよう、共同で申し入れたらいい。現在の中国に対する最も強力な外交攻勢になること請け合いである。

 近代国家では、外務大臣は疑いなく重要閣僚のひとりだ。最近、首相が交代した英国では、首相、外相、財務相、内相の4人が政権のコアと発表されている。
 女性のメイ新首相は内相からの昇格だ。

 日本でも首相のほか、外相、財務相(現在は副総理格)、官房長官(ほぼ内相格)が内閣のカナメである。

 米国は大統領以下、ホワイトハウスの首席補佐官、安保担当補佐官に加え、閣僚(セクレタリー)では国務長官が中核メンバーとなる。他国の外相より首相に準ずる要職なので、国務(State)と名付けられている。
 万一の場合の大統領職継承順位も、副大統領、下院・上院の両トップに次ぐ4番目で、法的に首席閣僚と位置づけられている。

 これが世界標準という意味である。それが分かると、中国の王毅外相は信じがたいほど格の低い小物(こもの)であることに驚くだろう。

 王毅は日本語専攻の職業外交官で、駐日大使の後、台湾担当の責任者を経て、抜擢人事で外務大臣(正確には国務院外交部長)になった。
 しかし、台湾は形式的には国内であり、日本は江沢民国家主席時代に「もはや対等の大国ではない」と格下げした相手である。

 すなわち省内的にもエリートの経歴ではなく、大臣といってもその上に国務院総理直属の楊ケッチ国務委員(副首相級)が乗っかる。楊は駐米大使経験者のエリート前任者だ。
 
 したがって王は、よく言っても日本の「事務次官」相当にすぎない官僚と言えよう。

 日本の事務次官は官僚の最高峰だが、中国は全く事情が違う。共産党独裁の政治体制だから、党内の序列がすべてに優先する社会だ。
  
 最大の弱点は、党内序列で外務担当者が信じられないほど低いことである。最高指導部の政治局常務委員はトップの習近平以下7人で、その下の政治局委員、会社で言えばヒラ取締役が18人いるが、外交のプロはこの25人の指導部にいないのである。

 事実上の外相にあたる楊ケッチと部下の王毅は、さらに下の中央委員2百名以上の1人に過ぎない。
 つまり党内序列では、2人とも部課長級でしかないのである。

 ということはすなわち、世界の情勢が政権トップの耳に直に届けられる仕組みが存在しない、ということである。

 権力闘争を勝ち抜いて国家主席(大統領)という強大な権力にのし上がる過程で、次第に世界情勢から疎遠になっていくという危険なプロセスが、ここに見て取れるのである。

 外交トップが誰なのかもハッキリしない体制で、外交当局が大国としての職務を誇りを持って遂行していけるはずもあるまい。

 中国の拡張戦略であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)の国際諮問委員に、あの評判の悪い鳩山由紀夫元首相を招くといった、思いっきりトンチンカンな外交をよく思いつくものだと感嘆したくなる。

 習近平国家主席に対して直接に、日米欧の首脳たちが一致して、「国際標準の外交当局」を整備するよう申し入れる必要性が理解できるだろう。

 「国際法に従え」と直球を投げてもムダなので、このクセ玉のほうが効果的だと思うがいかがだろうか。
(おおいそ・まさよし 2016/07/29)


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