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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.212
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成28年11月26日

          プーチンに切り札「等」をぶつけよ!
         
 12月15日にプーチン大統領が来日するが、直前のこの時期にロシアは択捉、国後両島に「地対艦」ミサイルを配備したと発表した。
 このミサイルは最新型で、2年前に武力で奪還したウクライナのクリミア半島と、バルト海に面したロシアの飛び地カリーニングラードにも配備されている。

 ということはすなわち、日本の北方領土も同じ軍事的価値があるので、絶対に手放さないという意思表示をしてみせたのだろう。

 日本は安倍首相が5月にソチを訪問してプーチンと会談し、従来とは違う「新しいアプローチ」で平和条約交渉を進めることで合意した。

 具体的に何が新しいのか誰にも分からないまま、日本がサハリンのエネルギー開発など大規模な8項目の経済協力を提案しただけで、ロシアは領土問題の存在すら認めないような態度に後退している。

 プーチンの立場に立てば、日本に何か期待を持たせるだけで巨額のカネと技術を引き出せるなら、永久に北方領土を返さないほうがロシアの国益に資すると考えるだろう。

 日本はなぜ国際法上の優位さがあるのに、それを使おうとせず、いつも見当違いな外交を繰り返すのだろうか。

 当コラムでは過去に2回、この点を指摘しているので、この際あえて7年前のコラムを再録する。当時の状況がこうだったと知れば、日本の外交がどんどん後退、退化していることがよく分かるはずだ。


(以下、平成21年4月28日コラムを再録)

      面積折半なら4島でなく不法占拠全地域が対象

 谷内(やち)正太郎政府代表の「3.5島返還でもいいのではないか」という発言には開いた口がふさがらない(毎日新聞、4/17朝刊)。さすがに外務当局も首相周辺も仰天したようだ。メディアも左右の立場を超えて否定の方向で一致している。

 当コラムではすでに4年前、面積計算の罠(わな)を詳細に説明し、同時に国会決議では4島に限られず「歯舞、色丹および国後、択捉等の北方領土」と明記されていて、「等」の一字がついているのが我が国の公式見解だと指摘した。
 
 しかも、ロシア側ではこの「等」に敏感に反応しており、自国の弱みがこの一字にあることを示唆しているのだから、逆に日本の強みはここにあるのだと提案した(「ソ連式交渉術に対抗する方法」平成17年2月26日)。

 バックナンバーから容易に再読できるので繰り返しを避けるが、翌年に書籍化した『大礒正美の よむ地球きる世界』(彩雲出版)にも再録し、最新の情報を補足している。
 それは、国会決議が昭和48年から衆参両院で各々10回ほど繰り返されているということである。その文言は短いので以下に掲げる。


   <資料>北方領土の返還に関する決議
                     昭和48年9月20日
                     衆議院本会議可決

 戦後四半世紀余にわたり今なおわが国固有の領土である歯舞、色丹および国後、択捉等の北方領土が返還されていないことは、日本国民にとってまことに遺憾なことである。
 よって政府は、すみやかに北方領土問題の解決を図り、日ソ間の永続的平和の基礎を確立するよう努力すべきである。
 右決議する。

 (資料終わり)


 歴代の政権と外務当局が、この国会の意思を無視してきたのは何とも不思議なことと言わざるを得ない。
 国際法上、旧ソ連が日本領土である千島列島すべてと南樺太(カラフト)を不法に強奪したことは否定し得ない。
 
 日本はいわゆる4島を除く北千島18島と南樺太を講和条約で放棄したが、ソ連は当事国でなかったため、法的に領有権を主張することができない。

 国会決議の「等」には、ソ連を対象とした場合には4島を含むすべての不法占領地、という意味が込められている。
 だからこそ、現在のロシア外交当局も日本がいつかその主張を持ち出してくるだろうと警戒しているわけだ。

 実際、4島の面積折半は物理的に困難で誰も喜ばないだろう。しかし、全占領地の折半を日本が持ち出せば、話は遥かに簡単になる。

 ロシアは、現実に統治している北千島とサハリン全土の領有を日本に認めさせたということで実利を得られる。ロシア国民に対しては、ずっと小さな面積の4島だけについて日本の主権を認めるという有利な取引だ、と説明できる。

 日本が失うモノは実質的にゼロである。主権を認めさせることができれば、実際の引き渡しや住民の権利などについて、新たな交渉を始めることができる。今はそこまで詰める必要はないのである。

 この解決法のカギは国会決議の「等」であり、その主張を日本側から堂々と持ち出すことにある。ロシア側が言い出すことではない。

 それなのに、谷内代表はなんという愚かなことを言ってしまったのだろうか。
 外務次官として3代にわたる総理大臣の外交を担当し、麻生政権では更に政府代表という公的ポストで対外関係を取り仕切る実力者が、公然と4島の面積折半の落とし所までしゃべってしまうというお粗末さ!

 日本の外交官が自国よりも担当する相手国の利益に走りがちだということを、前述のコラムでも指摘した。はしなくも谷内政府代表は、それが確信犯的な自信に裏付けられたものだということを証明してくれた。

(再録コラム終わり)


 周知の通り、この谷内代表は安倍氏の「復活」政権で新設の「国家安全保障局」を率いる局長となった。陰の存在ではなく、公式に中国の楊ケッチ外務委員(副首相級)やホワイトハウスのライス安保担当補佐官をカウンターパートとする外交トップになっている。

 安倍総理は小泉首相の引退を受けた第1次政権発足時、谷内外務次官に導かれて、就任早々に中国に飛んでいった。それ以来の強い信頼関係で結ばれている。
 
 ところで安倍総理が中国の侵略的海洋進出を警戒し、国際舞台で「法の支配」を繰り返し主張しているのは誰でも知っている。
 しかし、ロシアが不法占拠している北方領土と、韓国が不法占拠している島根県竹島に関しては、「法の支配」を決してクチにしないのである。

 それどころか、国際司法の場に持ち出す意志さえ持っていないのはどういうわけだろうか。
 フィリピンでさえ(失礼!)中国相手に国際仲裁裁判所に提訴し、南シナ海全域で中国の主権が否定されるという国際法上の完勝となったというのに、日本はなぜ自国の領土に関して教訓にしないのだろうか。

 プーチン大統領が、カネで領土を売ったと批判されるような取引に応じるはずはない。安倍総理がわざわざ郷里に迎えて行う今回の首脳会談が、正攻法の外交に戻る最後のチャンスかもしれない。
(おおいそ・まさよし 2016/11/26)


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