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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.213
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成28年12月28日

         弁護士政権から史上初のMBA政権へ

 日本政府は、アメリカの新政権が極端から極端と言っていいほど、その性格を変えることに対して、特別に準備を整えているだろうか。

 ドナルド・トランプというユニークな個人のことを言っているのではない。その人が率いる政権の性格を十全に把握しているかという問題である。

 当コラムでは3年前の8月、「法律センスを対米戦略の基本に」と提言した。その骨子は、オバマ政権は極端なほどの法律家トップを揃えているので、彼らが身につけている法律家特有の考え方や行動様式を、日本としては充分に研究して対応すべきだというものだった。

 オバマ大統領夫妻を始め、バイデン副大統領、二代の国務長官(クリントン/ケリー)、フロマン通商代表、二代の駐日大使(ルース/ケネディ)と、呆れるほどの弁護士(=ロースクール出)が政権の中枢を占めていた。

 TPP(環太平洋経済連携協定)交渉で、日本側の甘利大臣が何度もフロマン通商代表に激怒させられたと告白していたが、これも要するに、彼らの発想や行動様式はロースクール(法科大学院)と弁護士実務で鍛え上げられたもので、日本の政治家が考える外交・政治の常識とは大きく乖離していたからである。

 オバマ夫妻がロースクールを出て同じ弁護士事務所(法人)で出会ったように、実務経験を積んでから地方の法律職につき、さらに選挙職である検事や州務長官などから、州議会や連邦下院に挑むという例が多い。

 したがって、三権のうち「司法」はもちろん、「行政」と「立法」でも、また連邦政府レベルと州政府以下のローカルレベルの両方で、無数のロースクール出が巨大なヒエラルキーを構成していることになる。

 その頂点にオバマ政権が君臨したと考えれば間違いない。

 それが、トランプ新政権では米国史上初めて,ビジネススクール出のMBA(経営管理学修士)がトップに君臨することが確実になったのである。

 トランプ大統領とファーストレディー代行の実業家長女は同じペンシルベニア大のMBA、その夫で真の実力者と見られるジャレッド・クシュナー氏もMBA(ニューヨーク大)、家族でないブレーンの最高位に据えられたスティーブン・バノン首席戦略官・上級顧問はハーバード大のMBAだ。

 閣僚では著名投資家で日米交流団体の会長でもあるウィルバー・ロス商務長官がMBA(ハーバード大)であることが分かっているが、ほかにもウォール街出身の大物が続々と要職に指名されているので、MBAだけでなく、有名ビジネススクールが設置している上級講座、すなわち中間管理職や役員向けの短期ビジネス講座などを経験している者が少なくないと思われる。

 ここで注目すべきは、8年前に、かの「リーマンショック」で世界が金融恐慌に落とし込まれ、その反動で「チェンジ」と叫ぶ新鮮な黒人大統領が誕生した経緯である。

 ウォール街の大物たちは犯罪人扱いを受け、それまで高給を当然として肩で風を切っていたMBAたちの評価は、一気にどん底にまで落ち込んだ。
 
 それがたった8年で、つまりオバマ政権2期終了と同時に息を吹き返しただけでなく、あまたのロースクール出を一気に従属させるトップの地位に躍り出たのだ。

 こんな異常な交代劇というのは、アメリカの歴史にも、世界のどこにも前例がないだろう。
 トランプ自身と側近たちが主導する次期政権構想を見ると、いかにもMBAらしい発想が前面に突出している。
 キーワードは「本当の経営者」である。

 筆頭閣僚で外務を担当する国務長官に、エネルギー産業のトップであるエクソンモービルの最高経営責任者(CEO)、経済の司令塔である国家経済会議委員長にウォール街の名門ゴールドマン・サックスの社長兼CEO、さらに財務長官にも同社の元パートナーを指名した。

 それだけでなく、労働長官、教育長官、中小企業庁長官などには、無名だが成功したオーナー経営者を抜擢している。

 また2人の退役海兵隊大将が、要職の国防長官と国土安全保障長官に指名されて波紋を呼んでいるが、二大将はそれぞれ中央軍司令官と南方軍司令官で軍歴を終えている。
  米軍は世界を6つに分けた地域別統合軍を設けており、その司令官はいわば大企業の経営者と同じような能力を求められる。

 2人はその点で特に優れていると評価され、国防・安全保障のポストに最適と判断されたのだろう。よく考えられた人選である。

 このように政権の顔ぶれを見ただけでも、異色ではあるが決してデタラメというわけではない。トランプ大統領の性格からすると,期待に応えられない部下に「クビだ!」(You are fired!=自身のTVショウで受けた決めぜりふ)と言い渡すのも早いと思われる。

 日本は、アメリカの3大プロフェッショナル・スクール(専門職大学院)、すなわちメディカル・スクール(M.D.=医師資格)、ロースクール(法曹に進む資格)、ビジネススクール(経営者教育)と似たような大学院を作ろうとしているが、それぞれの分野の歴史と修了後の社会的対応が違いすぎて、どうにもならない状態だ。

 ロースクール出が国を動かしている米国と、全くそうでない日本という図式に加え、こんどはMBAが経済界にも少なく、行政などの政府機関にはほとんどいないという日本が浮き彫りになってきたわけである。

 トランプ政権が少なくとも4年は続くという前提に立って、安倍首相は日本にも少しはいる有名ビジネススクール出身者を集めてチームを作り、基本的な知識を集約したらどうだろうか。

 「えっ 担当部局はどこにする?」

 そんなこと言ったら、トランプにどやされますぞ!
(おおいそ・まさよし 2016/12/28)


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