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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.215
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成29年2月26日

          トランプ支える移民国家の根本原理

 トランプ大統領の移民制限政策を非難して、「アメリカは移民の国なのに...」とか「自分だって移民の子孫だろ...」と、特に日本人はそう言う傾向が強い。
  
 しかし、これは大きな誤解なので、その間違いを正しておかないと今後の日米関係を論じるのが難しくなる。

 正しくは、「移民の国だから、先住移民はどうしても新入移民を排斥せずにいられない」ということなのである。

 これを理解するには、映画を2本見るのがいちばん早い。最近「沈黙」でも話題になったマーティン・スコセッシ監督の「ギャング・オブ・ニューヨーク」と、ケヴィン・コスナーが捜査官エリオット・ネスを演じた「アンタッチャブル」である。

 前者は19世紀中頃の南北戦争を背景としたニューヨークが舞台で、自らを「ネイティブズ」と自負する先住移民が、ジャガイモ飢饉から逃れてアイルランドから大量に流れ込んでくる新入移民を、暴力で排斥しようとする抗争物語だ。

 ニューヨークに最初に上陸したのがオランダ人移民で、当時はニューアムステルダムと呼んだことはよく知られている。
 それが1625年のことだから、この映画の「ネイティブズ」は2百年以上も住み着いている地元民と言えよう。ちなみに、アメリカ・インディアンとは全く関係ない。
 
 その地元に、アイルランド人がどんどん増えてきて、選挙権を与えられるとどうなるか。

 まず多数の力で議員が増え、市長にも当選し、その権力を振るって警官や消防士にどんどん縁故採用して勢力を伸ばす。

 つまり無学でも公務員になれる職場を制して、次第に市の行政を勢力圏に収めていくことになる。そういう経緯を暴動や殺戮の歴史的事実を取り込んで活写しているのである。

 小泉純一郎首相がこの作品を見に行き、感想を聞かれて「すごい映画だった」としか言えなかったが、おそらくこの歴史政治映画を少しも理解できなかったのだと思われる。
 ちなみに、ネイティブズのボスを演じたのは英国の名優ダニエル・デイ=ルイスで、英国アカデミー賞の主演男優賞に輝いた。

 もう1つお薦めの「アンタッチャブル」(決して買収されないという意味)は、20世紀前半の禁酒法時代が背景で、すでに警官はアイルランド系が多数を占め、悪者は新入移民のイタリア系マフィアという図式に変わっている。

 連邦捜査官のネス隊長も、協力するシカゴのベテラン警官もアイルランド系で、さらにリクルートした若い部下が、実はイタリア系なのに、警官になるためにアイルランド系に化けていたという逸話も挿入されている。
 
 さらに興味深いのは、禁酒法が1920年から13年間施行された背景である。

 この短期間にアル・カポネを頂点とする組織犯罪が米国に根を張り、社会に暴力と銃がはびこることになったわけだが、なぜそんなバカな禁制(正確には憲法修正第18条)が採択されたのかというと、実は酒好きの移民の流入を阻止・排斥するのが目的だったといわれる。

 この時代の新入移民はアイルランド、ドイツ、イタリアといった、確かにアルコール飲料を常用する国からの流入が目立っていた。
 「アメリカに来たら呑めなくなるぞ」というのはネイティブ、つまりすでに地元民を自認する主流プロテスタントにとっては、究極の安全保障策と考えられたのだろう。

 この同じ時代に、中国人や日本人を排斥する動きが強まっていた。実質的に日本人移民を禁止する「アジア人排除法」が、1924年に成立している。

 日本人移民を阻止・排斥する運動の主体は、勤勉な日本人に職を奪われるのを恐れた同時期の白人移民だったといわれる。

 移民が、あとから来る移民を阻止するのは自然の流れだということがよく分かるだろう。

 その手段方法として最も効果があるのは、「彼らが国を危うくする恐れがある」というデマ宣伝である。

 トランプ大統領が安全保障を理由にして、移民制限を拡げようとするのは、何も今に始まったことではない。

 米国に大規模なテロを仕掛けようとするイスラム勢力を警戒することと、主にメキシコからの不法入国を阻止することは、本来、全く別の問題であることは明らかだ。
 しかし、トランプ支持派にとって、その区別は何の意味もないのである。

 選挙中からトランプ候補を暗黙のうちに支持したのは、自動車や鉄鋼産業の空洞化によって職を失った白人層だけでなく、すでに既得権を得ているマイノリティー層も加わっていたのである。

 たとえばメキシコからの不法移民を目の敵にするのは、実は先に移民しているメキシコ系だという話がある。
 いまは白人よりも低い賃金に甘んじているが、新入メキシコ移民はそれよりも安い賃金で仕事を奪う恐れがあるからだ。

 もっとわかりやすい例は、フロリダ州の話である。オバマ大統領が政権最後のレガシー(実績)作りとして、半世紀ぶりにキューバとの国交回復に踏み切ったが、これがすでにフロリダに住み着いているキューバ系には評判が悪いのである。

 彼らはいのちをかけて海を渡り、アメリカに亡命して米国籍や永住権を獲得した。それなのに、これからは何も苦労しないでキューバから大量に移民してくるなんて許せないと感じる。

 大統領選でフロリダ州はヒラリー候補が取ると予想されていたが、大きく外れてトランプ候補に傾いた理由がこれ、すなわち反オバマの意思表示だったと言われるゆえんである。

 以上で分かるように、アメリカは世界でも特異な移民立国であり、むろん日本とは全く共通点のない原理で成り立っている国なので、その移民政策に口を挟むことは避けたほうが無難だ。

 安倍首相はトランプ大統領とゴルフはしても移民政策には何も言わない、と非難する向きもあるが、これは総理の判断のほうが正しいと言わざるを得ない。
(おおいそ・まさよし 2017/02/26)


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