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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.217
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成29年4月29日

           ダッシュした目先重視の取引外交

 今月末でトランプ米大統領の就任100日が過ぎる。この期間は「ハネムーン」と呼ばれ、マスコミも批判を手控えるといううるわしい慣習があった。

 「あった」というのはいうまでもなく過去形で、トランプ氏のマスコミ攻撃と老舗メディアの反撃はやむことなく続いているので、ハネムーンの習慣などどこかへ吹っ飛んでしまった。

 この間の実績を見てみると、内政・経済は明らかに落第点の「不可」、外交は当初の予想を裏切って「優」を付けられる。

 内政では、3大目玉というべき「オバマケア否定」「移民制限」「貿易赤字是正」のいずれも強い反対を受けて挫折ないし先送りになってしまった。

 TPP(環太平洋経済連携協定)から離脱するという公約は守られたが、これは法案すら上程されていなかったもので、ただ大統領令に署名すれば終わりだった。業績というものではない。

 大体、通商代表やシロウトの国務長官を支える副長官などの重要人事が大幅に遅れたままである。日本の重要性を認識したことは明らかなのに、駐日大使でさえ議会の承認を得られていない。

 唯一の例外は、トランプ政権が空席の最高裁判事に指名した保守派が、すんなりと上院で承認されたことだが、これも与党の共和党がオバマケア(医療保険制度)の改廃などでまとまらず、大統領の足を引っ張ったことのつぐないという感じである。

 それにしても、新判事は49歳という若さなので、任期のない終身の最高裁判事を半世紀近く務めることになる。もし認知症になったとしても、自ら辞任しない限り、誰も引きずり下ろすことはできない。

 日本では考えられない制度だが、それぐらい独立性を高めているからこそ、わずか9人で立法府、行政府と鼎立(ていりつ)する政治的役割を確保しているのかもしれない。
 日本の最高裁ができるだけ政治から離れようとしているのと対照的と言えよう。

 ひるがえって外交のほうは、なんといっても今月6日、トマホーク巡航ミサイル59発をシリアのシャイラト空軍基地に撃ち込んだ決断が、民主党からも称賛を受けて、内政の不評をカバーしたことが大きい。

 これは大ヒットを超えた大ホームランを言ってもいいぐらいの効果があった。オバマ政権はシリアが化学兵器を使用したらレッドラインだと言っておきながら、実際は何もせずにみくびられてしまったが、こんどは手強いぞということを世界に見せつけた。

 次に、中国の習近平国家主席をフロリダの豪華な別荘に招いておいて、その宴席でシリア攻撃を耳打ちし、渋々同意を言わせることに成功した。

 習近平は明らかに面目を失い、米国訪問をかろうじて中国向けに成功と見せかけるポーズだけとって去って行った。
 トランプ大統領は習主席に対し、軍事力を背景にした北朝鮮政策を提案し、中国が効果的な核とミサイルの抑止に動くよう要求したと考えられる。

 同時にトランプは、この攻撃によって、ロシアのプーチン大統領に対しても意外に厳しいという評価を獲得し、それでもシリア軍と同居するロシア軍の要員や施設に被害が出ないよう事前に通告し、プーチンの恨みを買わないように配慮もしている。

 4番目に、北朝鮮はトランプ政権の今までにない強いメッセージを、疑う余地なく受け取ったに違いない。

 このように一連の外交・軍事戦術は、満塁ホームランで4点稼いだということになる。

 このバッターの背後には、中東を熟知した国防長官マティス(退役海兵隊大将)を筆頭に、彼の部下だったこともある安保担当大統領補佐官マクマスター(現役陸軍中将)など、プロの軍人作戦家たちがフル稼働していることは確かだ。

 トランプ大統領が彼ら軍人専門家を信頼していることは窺えるが、中国にあらかじめ報償を与えるような判断を、明らかにトランプ自身が下していることに注目すべきだ。

 同氏は選挙中から中国を為替操作国と断定し、中国からの輸入品に45%の関税をかけると叫んでいた。
 
 それをアッサリと覆し、自分のツイートで「北朝鮮問題で我々と連携している時に、なぜ彼らを為替操作国と呼ぶのか。成り行きを見守ろう」と発信した(16日)。

 こういう短期的取引をやるのではないかと危惧されてきたことが、まさに現実になっているわけである。
 ビジネスマンというか不動産業者の発想で、核・ミサイル抑止と貿易問題を区別せずに取引きする。
 
 しかも、目先だけの話で、長期的に何かを解決する取引ではない。

 日本もこの点に気をつけなければならない。北朝鮮の核・ミサイル問題がホットであるうちは日本の協力が不可欠なので、米国車や農産物を買えという圧力はかけられない。

 しかし、その状況が変わればトランプ・安倍のゴルフ同盟もどこかに飛んでしまうかもしれないのである。

 中国が石油供給を絞るなどして北朝鮮に圧力をかけ続ければ、核実験を控えるぐらいの効果はあるかもしれない。しかし、いつまでもというわけにはいかない。
 
 中国が圧力を緩めたときに、トランプ大統領はどうするのか?

 少なくとも10年、20年単位で北朝鮮の核・ミサイル開発を遅らせる方策が果たしてあるのか?

 この疑問を解かない限り、結局は中国の勝ち、トランプの負けとなるのである。
(おおいそ・まさよし 2017/04/29) 
 

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