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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.219
  by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成29年6月27日

           誰の罪が最も重いかという視点

 前号の続きになる。米国大統領の弾劾について触れたので、少し詳しく、日本との比較を重視して掘り下げてみよう。

 われわれ日本人の記憶にあるのは、「ウォーターゲート事件」のニクソンと、「セックス・スキャンダル」のクリントンの2人が、大騒動の末、大統領弾劾に直面した歴史だろう。

 しかし弾劾の根拠は米国憲法の第2条(大統領)第4節にあるが、対象はなんと「大統領、副大統領、およびすべての文官」となっている。
 つまり軍人以外の、裁判官を含むすべての公務員ということである。

 弾劾の理由となりうるのは、「Treason, Bribery, and other high Crimes and Misdemeanors」、すなわち反逆罪、収賄罪、その他の重大な犯罪・非行」と規定されている(high は犯罪と非行の両方にかかっていることに注意)。

 実際の適用例として、ニクソン大統領は「司法妨害、権力濫用、議会侮辱」の3つの理由で弾劾訴追が確実になり、議会が手続きを開始する前に観念して辞任した。

 この3つのうち、司法妨害は「重大な犯罪」、権力濫用と議会侮辱は「重大な非行」と仕分けできよう。

 クリントン大統領の場合は、「重大な犯罪」である偽証と司法妨害の2つが訴追の理由となったが、スキャンダルの核心は「ホワイトハウス内で若いインターン女性と性的関係を持った」という事実だった。

 したがって実質の理由は、「重大な非行」だったと判断するのが妥当であろう。

 この弾劾プロセスは連邦議会下院で訴追成立し(起訴にあたる)、陪審員にあたる上院に送られたが、有罪に必要な3分の2の賛成が得られず、大統領罷免に至らなかった。

 これらの前例をトランプ大統領に当てはめるとどうなるだろうか。

 現在のところ、トランプ氏がコゥミーFBI長官の捜査に不当な圧力をかけ、忠誠を求めて断られるとクビを切った、という疑惑が事実かどうか話題になっている。

 しかしこの件は、事実であっても「司法妨害」スレスレであって、これだけでは弾劾の理由には弱すぎる。

 「ロシアゲート」と呼ばれる疑惑は広範であって、大統領選挙にロシア政府機関のネットによる介入や民主党への妨害行為があったかどうか、またそれがトランプ陣営とつながりがあったかどうか、さらには当選後の政権準備期間に、ロシアに国家機密を漏らしたかどうかという疑惑も含まれる。

 もっとすごい疑惑は、そもそもトランプ氏や娘婿クシュナー氏が、どういう商売で大金持ちになったのかという事業内容にある。

 彼らの不動産会社が、ホテルなどの物件をロシアの新興財閥に高値で売っていたのは事実のようで、これが実質的なマネーロンダリングだったのではないかという、究極の疑惑である。

 ロシアの新興財閥というのはプーチン大統領の「オトモダチ」で、政権のエネルギー政策を利用して巨万の富を築いた連中だ。
 合法・非合法に稼いだカネを立派な不動産に投資し、後に安値で手放して合法的なドルを手に入れる。

 まさかとは思うが、トランプ大統領の親ロシア、親プーチンの傾向がこういう結びつきによるものだと明らかになってきたら、弾劾理由の「反逆罪」「収賄罪」「重大な犯罪」「重大な非行」のすべてに当てはまりかねないのである。

 このトランプ騒動に比べると、日本の「もり・かけ」騒動は、比べるほどの値打ちもないといわざるを得ない。

 安倍首相と「オトモダチ」の関係はいくらか似たところがあるかもしれないが、カネが全く絡んでいないので、何も問題はない。
 
 「もり」のほうは、森友側の犯罪容疑が強制捜査に至っている現状で、安倍総理は大迷惑をかけられた被害者と言っていいだろう。

 「かけ」のほうは、総理が実際に何らかの指示を出していたとしても、国家戦略特区構想で「岩盤にドリルで穴を開ける」という号令をかけたご本人なのだから、前述の「重大な犯罪」はおろか、「重大な非行」にも該当しないことは明らかだ。

 ここで一般に見過ごされているのは、「重大な非行」にあたる関係者が1人いることである。

 比較してみよう。ほかならぬ「大統領が、ホワイトハウスのなかで、婚外性行為に及んだ」という非行と、ほかならぬ「教育行政のトップが、売春につながる出会い系バーを頻繁に訪れ、実際に女性を連れ出していた」という非行である。

 前述のように、米国憲法の弾劾条項では文官公務員も対象になるが、実際には教育行政の最高幹部がこのような非行を犯していたと分かれば、直ちに罷免となるか、マスコミが大騒ぎして辞職に追い込むだろう。

 日本の憲法には同様の条文はないが、国家公務員法や公務員倫理規定があり、犯罪でなくても「職員は、勤務時間外においても、自らの行動が公務の信用に影響を与えることを常に認識して行動しなければならない」と釘を刺されている。

 日本でも、当該の事務次官は昨年秋、官邸に呼び出されたとき、諭旨免職(依願退職)を覚悟したはずだが、なぜか官房副長官による内々の注意だけだった。

 これで次官は、官邸に何らかの弱味があるのではないかと「sontack」し、阿吽の呼吸で地位を保証されたように誤解したのではないかと推測される。

 その後、今年になって思いがけない文科省の大量天下り発覚で、次官も1月20日、引責辞任に追い込まれたが、この時に官邸との間に激しい攻防があったとみられる。
 それが後に官房長官による「責任者として自ら辞める意向をまったく示さず、地位に恋々としがみついていた」(5/25)という異例の暴露につながったと思われる。

 つまり日本で大騒ぎの「加計」問題は、最初に官邸側が「非行」の認識不足で、文科次官に退職を求めなかったことに端を発したと言えるのではないだろうか。

 この官邸側のボタンの「かけ」ちがいが、一方にあり、他方でアベ嫌いの一部メディアが前次官をヒーロー扱いして彼の非行に目をつぶったことが、この騒動を無意味に大きくしてしまったと考えられる。

 これでは、もしトランプ大統領の疑惑が弾劾にまで突き進んだとしても、日本には笑う資格はないといわざるを得ない。(おおいそ・まさよし 2017/06/27)


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